1975年07月20日

関東沖縄解放同盟 「声明文」 【ひめゆりの塔事件等 一次資料】

沖縄解放同盟(準)本部,海洋博粉砕沖縄−「本土」共闘,『皇太子アキヒト沖縄上陸決死阻止 七・一七、姫百合・白銀決死隊糾弾状』pp.3-4より転載

※文中にルビがふってある部分については、web公開の都合上、直接ルビをふらずに<>にいれた。

声明文

 七月十七日我々沖縄解放同盟(準)は、ひめゆりの塔において天皇(皇族)に対する積年の怒りと糾弾を、皇太子アキヒト・美智子に打ちおろした事をここに表明する。
 再三再四にわたる我々の警告にもかかわらず、皇太子アキヒトは四千名の機動隊、二百台近くの装甲車、無数の私服警官、刑事、数機のヘリコプターを伴ない、それに固く守られ、沖縄を厳戒体制下におく事で沖縄上陸を強行した。そして、天皇の命とひきかえに二十万人もの沖縄人の命を奪った沖縄戦の劇戦地跡、南部戦跡へ足を踏み入れた事は、まさに天皇(制)に対する日本軍(日本人<ヤマトンチュ>)に対する底深い沖縄人の恨みと恐り(原文ママ「怒り」の誤りか)の三十年間に、はっきりと対決するものとして登場したのである。一六〇九年のサツマ琉球侵略以来三百数十年に及ぶ日本の沖縄差別支配は、常に天皇(制)を頂点に沖縄人を圧倒してきた。特に沖縄人−日本人<ヤマトンチュ>の差別、追害(原文ママ「迫害」の誤りか)の関係を極限状況で最も激化させた「沖縄戦」においては、日本軍は天皇の名のもとに沖縄人虐殺をほしいままにくり広げていった。
 我々は、現在なお日・米軍事基地に支配されている沖縄に生きており、「沖縄戦」は過去の歴史ではなく今なお、沖縄人−日本人、沖縄−日本社会に、差別的侵略的本質を変えることなく脈々とうち続いており、この事実は何人も否定することはできない。我々はこの「沖縄戦」における壕内の苦斗の体験をわずかでも共有せんと、ひめゆりの壕において壕内生活を十数日追体験した。そして十七日の皇太子アキヒトの南部戦跡侵入が明確に「沖縄戦」の天皇責任を一切隠ペイし、沖縄人虐殺を正当化し、それを通じて新たな侵略基地の島へ沖縄と沖縄人をかり出さんとする侵略の象徴としてあり、それ故、皇太子アキヒトらのひめゆりの塔への献花は、沖縄人死者を土足で踏みにじり、ボウトクする行為以外の何ものでもない。
 我々は、まさにこの時、苦痛の壕内体験を自らのものとし、沖縄人の三百数十年間に及ぶ差別、収奪、迫害の差別支配への反撃、そして「沖縄戦」の天皇と日本人に対する一切の怒りと恨みを火炎ビンにこめ、皇太子アキヒト・美智子にたたきつけたのである。火炎ビンのまっ赤な炸裂は、天皇を頂点とした日本の沖縄差別支配に対する歴史的、必然的、正当な沖縄人の反撃・糾弾の斗いである。
 我々は七月十七日の斗いを以上の正当性、必然性の故に断固貫徹した。
 七月十七日ひめゆりの塔における皇太子アキヒト決死糾弾斗争は、沖縄人の沖縄解放をかけた闘いであり、今後も我々沖縄解放同盟(準)は更なる手段をもって沖縄差別支配の元凶とその尖兵と闘い続けることを追記しておく。
 一九七五年七月二十日
関東沖縄解放同盟(準)

横浜市つるみ郵便局 私書箱**号




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1975年07月17日

白銀病院事件 「本土」青年(戦旗派)白銀決死隊員の声明 【ひめゆりの塔事件等 一次資料】

沖縄解放同盟(準)本部,海洋博粉砕沖縄−「本土」共闘,『皇太子アキヒト沖縄上陸決死阻止 七・一七、姫百合・白銀決死隊糾弾状』pp.10-13より転載

ヤマト人の自己批判に踏まえ天皇一族の戦争責任を糾弾し、沖縄上陸を阻止する

「本土」青年(戦旗派)白銀決死隊員 川野 純治


 皇太子アキヒトよ!我々は、お前ら天皇一族の差別抑圧の歴史を糾弾する。天皇ヒロヒトの戦争責任、とりわけ沖縄戦における二十数万人の沖縄人民虐殺、朝鮮人民虐殺の責任を断固として糾弾する。
 一六〇九年サツマ侵略、特に一八七九年「琉球処分」以降、天皇制の下で沖縄と沖縄人民は、大和の差別抑圧支配に苦悩を強いられた。まさに、この差別抑圧支配の集中的表現こそ、沖縄戦であり、天皇の名による沖縄人二十数万人の虐殺であった。そして、戦後も沖縄と沖縄人は、天皇(一族)の戦争責任の隠ペイと天皇制の延命のため、また敗戦帝国主義国日本の復興の為、米軍の軍事支配の下に売り渡されたのだ。
 まさに、沖縄の歴史は天皇制の下での苛酷な差別、抑圧、収奪、同化の歴史であった。このことを強いたのは、天皇(一族)と日帝ブルジョワジーであり、それを支えたのが、他ならぬ大和排外主義に屈服した日本プロレタリア人民であったこと。このことを何よりもはっきりと痛苦にとらえ返さねばならない。
 特に、「本土」プロレタリア人民と沖縄プロレタリア人民の関係をはっきりと浮きぼりにした。沖縄人民の「本土復帰」闘争の意義をはっきりと確認する必要がある。沖縄人民の「本土復帰」闘争は、日本帝国主義の一貫した沖縄人民に対する差別支配に対する怒りとしてあり、それからの脱却を求める沖縄人民の自己解放闘争であった。同時に、日米安保反革命同盟−米軍政支配に対する「基地撤去」の斗いとして大爆発し、不断に「本土」人民との斗いの結合を追及したものであったといえる。
 だが、「本土」人民は、二・四ゼネスト回避に端的に示される如く、沖縄人民の血の斗いを一切無視、切り捨ててきたのである。60年安保−沖縄闘争において一定高揚したとはいえ、不断に沖縄人民の斗いに連帯しえず、ましてや、72年5・15以降、ほとんどの部分が沖縄解放闘争から召還していることを徹底して自己批判せねばならない。
 我々は、このような帝国主義抑圧プロレタリア人民としての血債にかけ、沖縄人民の斗いに徹底して連帯しきる必要がある。
 その上にたって、我々は、天皇(一族)に対する戦争責任の追求、一貫して沖縄人民に差別と抑圧を強いた天皇(一族)に対する糾弾闘争を展開する。
 皇太子アキヒトよ。お前は一体どんな面を下げて沖縄へ来るというのか。明治天皇以来つまりお前のひいじいさん以来、一貫して沖縄人民を差別し抑圧したことを忘れてはいまい。沖縄戦において、二十数万人の沖縄人民あるいは朝鮮人民を虐殺したのは、お前の父天皇ヒロヒトである。また、戦後沖縄人民を苛酷な米軍政支配に売り渡したことによってお前らは今日までのうのうと延命しつづけられたのだ。
 知っているか。「復帰」後、「本土」独占企業が大量に進出し、農民から土地を奪い、漁民から海を奪い、全ての住民に生活破壊を与え、女性をサービス業へと追い込め、「買」春観光を強いられる沖縄人民の苦悩を。日本軍=自衛隊の強行上陸とともに、日米共同演習、軍事基地は強化され、一方で全軍労の大量不当解雇攻撃を集中的に行なっていることを。お前が「名誉総裁」として先頭になっている海洋博こそ、七二年「返還」攻撃の最後にして最大の攻撃として、我々ははっきりと見ぬき反撃する。沖縄から沖縄人をたたき出し、沖縄を「基地とCTS・コンビナートと『買』春観光」の島へと大改造せんとするものこそ海洋博そのものなのだ。我々は、天皇制、天皇制イデオロギーをふりかざし、最先頭で沖縄へ上陸せんとするお前を絶対に許さないし、海洋博を絶対に粉砕する。
 皇太子−天皇一族の沖縄上陸は、日帝の一貫した沖縄差別支配とその集中環たる沖縄戦の責任を隠ペイ、清算せんとするものであり沖縄戦を「聖戦」化し、沖縄戦「戦没者」を英霊化せんとするものである。更に、海洋博攻撃の中で「沖縄的なもの」「海洋性・進取性」をあおりたて、釣魚台収奪を軸に、天皇制、天皇制イデオロギーを全面開化させながら、沖縄人を再び侵略反革命戦争へと動員せんとするものである。
 だが、沖縄人民は、「復帰」後、植樹祭・若夏国体と、相次ぐ天皇の沖縄上陸策動を粉砕した。そして、海洋博・皇太子上陸攻撃を前にした今年の「5・15」は、沖縄処分糾弾≠ニして沖縄人民の怒りは大爆発した。まさに、今、三たび沖縄は天皇と天皇制に対する怒りの島として大爆発している。
 「天皇、皇太子が今さら何をしにくる」「30年間何をしていたんだ」「日本軍(皇軍)から壕を追い出され、食料を奪われた」と住民は怒りを爆発させている。スパイ容疑で虐殺したこと、朝鮮人民を軍夫、慰安婦として強制連行し、あげくの果てに生き埋めにしたこと、赤ん坊がうるさいと、カンパンやチリ紙、あるいは注射で虐殺したこと等々、沖縄人民は今なおこのことをはっきりと脳裡にたたきつけ、戦犯天皇(一族)に対する怒り、糾弾を脈々ともち続けているのだ。
 六・一八、沖縄人による海洋博粉砕∞皇太子くるな∞戦犯天皇糾弾≠ニいった摩文仁ケ丘(原文ママ「摩文仁ヶ丘」の誤りか)糾弾闘争は、沖縄人民の怒りをはっきりと示している。我々は、この糾弾闘争の意義をはっきりとふまえ、断固支持、連帯していかねばならない。
 同時に、我々は、日本階級闘争の排外主義的腐敗が沖縄人民に孤立を強いた歴史を痛苦にふまえ、沖縄人民の戦犯天皇(一族)糾弾の斗い、軍事基地撤去、差別軍事支配打破の斗いに何としても連帯しきり、血債にかけて決起しなければならない。
 ベトナム・カンボジア人民の歴史的勝利は日米両帝国主義を決定的に追いつめた。絶望的危機に瀕した日本帝国主義者は、朴反共軍事独裁政権のテコ入れを通じ、朝鮮植民地化攻撃を強めている。そして、天皇一族の沖縄上陸、訪米をもって、沖縄の反革命的統合をなしきり、日米安保反革命同盟を軸とした侵略反革命戦争体制を一挙的になさんと策動している。
 だが、ベトナム・カンボジア人民、朝鮮人民、沖縄人民の斗いに規定され、現下の階級情勢はますます帝国主義者を追いつめているのだ。だからこそ日帝は、日本プロレタリア人民の天皇制イデオロギー=民族排外主義への屈服と侵略反革命戦争への動員をなさんが為、国内支配の暴力的・強権的支配=ボナパ反革命へと推展せんとしているのである。同時に、「上からの内乱」攻撃を強化し、「過激派キャンペーン」をはりめぐらし、アパート・ローラー、全国指名手配、デッチ上げ弾圧という革命派壊滅攻撃に出ている。
 我々は、ベトナム・カンボジア人民、朝鮮人民、沖縄人民の不屈の斗いをはっきりと受け止め、日帝のボナパ反革命攻撃、侵略反革命と全面的に対決し、勝利しぬく。
 今、我々には、海洋博粉砕、皇太子−天皇(一族)沖縄上陸絶対阻止の斗いが決定的に問われている。まさにこの闘いこそ、革命的左翼の十余年の歴史と、「安保−沖縄決戦」の革命的継承をかけた闘いであり、日本階級闘争の排外主義的歴史への自己批判をかけた闘いである。ブンド建設十八年余の苦闘を受け継ぎ、大和の四百年にわたる沖縄差別支配の痛苦な自己批判をふまえ、今、沖縄人民、沖縄解放同盟(準)と固く連帯し、断固として皇太子糾弾闘争に決起する。
 海洋博攻撃を通じ、沖縄人民を再び侵略反革命戦争に狩りたてんとする皇太子アキヒトよ!今こそ、日本−沖縄プロレタリア人民の共同の階級的制裁を受けよ!
 アジア侵略を積極的に推進し、アジア人民を虐殺し、沖縄戦に於いては二十数万人の沖縄人、朝鮮人を虐殺した張本人=天皇ヒロヒトよ!日米安保反革命同盟の絶望的延命をはからんとする今秋訪米もまた決して許しはしない。皇太子アキヒトの比ではないことを胆に命じておけ!!
   沖縄解放−安保粉砕−日帝打倒・米帝放逐
      一九七五、七、一七



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白銀病院事件 沖解同(準)本部 白銀決死隊員の声明 【ひめゆりの塔事件等 一次資料】

沖縄解放同盟(準)本部,海洋博粉砕沖縄−「本土」共闘,『皇太子アキヒト沖縄上陸決死阻止 七・一七、姫百合・白銀決死隊糾弾状』pp.5-9より転載

皇太子アキヒトよ! 沖縄人の熱い怒りの炎を身をもって思いしれ!
沖解同(準)本部白銀決死隊員 ****  


 マブニ参拝、海洋博出席を企む皇太子アキヒト・戦犯天皇ヒロヒトに告ぐ。
 わが沖解同(準)と沖縄人としての自覚を忘れぬ全ての沖縄人は皇太子アキヒトの沖縄上陸、マブニ参拝を断じて許しはしない
 皇太子アキヒトよ、沖縄人虐殺の張本人たる天皇ヒロヒトよ。
 今こそ沖縄人の四百年にわたる大和への怒りを思い知るがよい。
 サツマ侵略以来、四百年になんなんとする大和による沖縄への差別的抑圧、植民地支配は、天皇の軍隊をもってする強権的な大和への併合たる琉球処分とそれに続く差別=同化攻撃、徹底した皇民化教育によって、去る沖縄戦において「本土」防衛の捨て石として二十余万の死者を出すという筆舌につくしがたい苦痛を沖縄人に強制した。
 まさに沖縄人にとって、大和の支配、就中明治以降の天皇制下の支配と同化−皇民化攻撃は「方言ぼく滅運動」に端的に示される様に、全く屈辱的なものとしてあった。その支配の結果は、「本土」防衛のタテとしての沖縄戦として沖縄人に破滅と死を強制したのである。
 更に敗戦後に至っては、国体護持=天皇制温存、「本土」復興の代償としての米帝への売りわたしと米軍政の下での人権をも無視した軍事支配下の生活を強制してきたのみならず、六五年日「韓」条約をもってする朝鮮植民地化攻撃と時を同じくする佐藤の訪沖も如実に示される如く、アジアへの侵略反革命へ向けた日帝の利害にもとづいて、沖縄人民を全く無視して軍事基地強化、ベトナム前線基地化を推進し、更なるアジアへの侵略反革命戦争体制へ沖縄を組みこまんと画策しはじめたのである。
 戦後一貫して沖縄を体制的革命と戦後復興のとりひきに利用してきた日帝は、今また日米安保のアジア核安保としての強化の為、全く沖縄人の要求を無視し、圧殺した七二年「返還」=復帰を強制し、「返還」攻撃の政治的・経済的・社会的総決着を海洋博による沖縄大改造=総破壊として進行し、同時に戦犯天皇ヒロヒトの沖縄上陸をもって沖縄戦を清算して七二年「返還」=復帰の承認をとりつけんとしており、その手はじめに皇太子アキヒトの沖縄上陸とマブニ参拝を何がなんでも強行しょう(原文ママ)としている。
 だが、しかし、皇太子アキヒトよ、天皇ヒロヒトよ。
 沖縄人の心の中に四百年にわたって蓄積されたヤマトへの怒りは、どのような手段をもってしても消し去ることは出きない。
 にえたぎる怒りは皇太子上陸と海洋博の喧騒の中でますます燃えあがろうとしていることを胆に銘じておくがよい。
 確かに復帰運動にかけた沖縄人の自己解放へと歪曲されていったにせよ、七二年「返還」=復帰は沖縄の矛盾を深めこそすれ、解決しておらず、更に海洋博下の沖縄にあらゆる矛盾が集中されようとしている現在、沖縄人の忍耐にも限度があろうというものである。
 沖縄上陸を強行せんとしている皇太子アキヒトよ。
 どのような弾圧体制をもってしても、右翼を何千人動員しようとも沖縄人の闘う意思をくじくことはできないことを、沖縄人を一人残らずマッ殺せぬ限り、この沖縄の地には天皇・皇太子の安息の地は一寸もないことを思いしるがよい。
 天皇ヒロヒトよ。自らの延命の為、沖縄人二〇余万を虐殺した沖縄戦の血債はいまだ清算されてはいないのだ。
 「戦後三〇年間、ほったらかしておいて、今さら何をしにくるのだ」という沖縄戦を生きのびた老農夫の怒りの声をきけ。
 沖縄戦の責任は皇太子の空戻(原文ママ「空涙」の誤りか)やペテン的言辞で清算できるものではないのである。
 天皇・皇太子のマブニ参拝こそ沖縄戦の清算をねらったものであり、我々沖縄人は断じて天皇・皇太子のマブニ参拝を許さずあくまで闘うことを宣言する。
 そしてまた、天皇の戦争責任をあいまいにし、「象徴」天皇制を温存し、そのことによって自らの戦争責任をあいまいにしてきた大和人の無責任・無自覚こそ、日帝の沖縄支配、朝鮮、中国アジアへの侵略を支えているのであり、その反省ぬきにのうのうと「同じ日本人だから」「復帰した日本の領土=沖縄県」に海洋博観光客としてたちあらわれる大和人こそ日帝の尖兵−抑圧者であり、我々沖縄人はこのような大和人を徹底的に糾弾する。
 そもそも我々、沖縄人は日帝の差別支配を決して容認することはできないのであり、だからして新たな差別軍事支配を(原文ママ)しか意味しない七二年「返還」=復帰を認めることは断じてできない。
 まさに七二年「返還」=復帰とその総清算としてある海洋博こそは、沖縄の産業と自然、生活を総破壊し、人心を荒廃させている元兇であり、更に沖縄人を大和へとたたき出したうえ沖縄差別の下で安価にこき使うという現代のソテツ地獄の再編をねらったものであるからである。
 二・四ゼネストの破壊を手はじめに近年、ますます日帝の尖兵として反動的に自らを純化している屋良。
 海洋博−CTSを三井、三菱という二大ヤマト資本の尖兵として推進し、その番頭として私腹を肥やしている宮里。
 そして在ヤマト沖縄人同朋をふみ台にして大和人にとりいり、その手先として沖縄を大和に売りわたしてきた大浜。
 これら沖縄人内の反動分子共が、沖縄人のほこりさえ失ない、同化主義者=復帰主義者としてたちふるまい、右翼天皇主義者として自らの階級性を鮮明にした現在、沖縄人の沖縄解放へ向けた正義の闘いは、これら右翼反動分子の存在もまた決して許すことができない。
 同時に屋良−宮里の忠実な支持者であり、屋良ヨーゴの為に常に沖縄人民の利益を日帝に売りわたし、闘いの圧殺者としてふるまってきた社会党−共産党の皇太子上陸阻止闘争に対する対応を見よ!
 沖縄解放闘争の革命的、暴力的発展とその対極に生み出された反革命−右翼に恐怖したこれら日和見主義者共は隠然、公然たるサボタージュによって闘いの圧殺、解体に必死になっている。
 今こそ我々は、皇太子上陸阻止闘争の圧殺の為に白色テロルを開始した右翼反革命とそれに恐怖してすくみあがり、公然と逃亡と敵対をはじめ日和見主義者共を沖縄解放闘争の場から断固として放逐してやらねばならない!
 今や、反ヤマト、反海洋博、反天皇の戦闘は、わが沖解同(準)を先頭とする皇太子アキヒトに対する決死糾弾の闘いとして開始されたのである。
 マブニケ丘(原文ママ「マブニヶ丘」の誤りか)糾弾闘争、故船本氏の焼身抗議自殺という闘いを伴いつつ、海洋博と天皇・皇太子上陸に対する闘いは革命と反革命、革命派と日和見主義、右翼反革命との激烈な闘いに発展しつつある。
 海洋博粉砕、皇太子上陸阻止−海洋博決戦に対する態度こそ革命と反革命、革命派と日和見主義を分かつ分水嶺となっている。
 七二年「返還」=復帰に対する沖縄人の怒りは三年目の五・一五闘争において市街戦として大爆発した。
 沖縄人の闘いは、反海洋博、反CTS、反基地闘争として、ますます拡大しており、皇太子アキヒトの強権的な沖縄上陸によって今沖縄人民の怒りはその頂点に達しようとしている。
 天皇ヒロヒトよ、皇太子アキヒトよ!
 沖縄人の熱い怒りの炎を、大和では忘れ去られた天皇糾弾の嵐を、身をもって思いしるがよい。
 わが沖解同(準)は、わが故郷、わが祖父母の地たる沖縄を守り、大和人、天皇・皇太子のジュウリンを絶対阻止する闘いの最先頭にたつ。
 海洋博に名をかりた沖縄占拠を許すな!
 日本への同化を拒否し、中国、朝鮮、アジア人民と連帯せよ!
 侵略の尖兵たることを拒否し、沖縄解放闘争に勝利せよ!
 海洋博粉砕!皇太子上陸阻止−海洋博決戦勝利!
 すべての沖縄人は沖解同(準)に結集し、海洋博粉砕!沖縄解放闘争に決起せよ!

    一九七五年七月一七日

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ひめゆりの塔事件 「本土」青年(戦旗派)姫百合決死隊員の声明 【ひめゆりの塔事件等 一次資料】

沖縄解放同盟(準)本部,海洋博粉砕沖縄−「本土」共闘,『皇太子アキヒト沖縄上陸決死阻止 七・一七、姫百合・白銀決死隊糾弾状』pp.13-16より転載

沖解同と連帯して沖縄人民に対する歴史的血債をかけ斗う
「本土」青年(戦旗派)姫百合決死隊員 ** *


 皇太子アキヒト!
 沖縄人民の糾弾の声を聞け!
 沖縄を解放せんとする全ての闘う仲間達の糾弾の声を聞け!
 大和−日帝より四百年に及ぶ「差別・抑圧同化」攻撃の歴史は、皇太子アキヒト−天皇一族が一度「ひめゆりの塔」に参拝したからといって精算出来るものではない。
 薩摩−島津藩の武力介入は、沖縄人民から武器を奪い、生活手段を奪い、あげくのはては重労働と人間として生きる権利すら奪い去る徹底した差別支配を行なった。
 更に明治政府による琉球処分≠ヘ、差別同化支配の徹底化としてあった。
 皇太子アキヒトよ!
 差別同化支配の意味が理解出来るか。
 沖縄語撲滅を唱い、沖縄語を使用した生徒が教師になぐられていく沖縄人民の無念さを理解出来るか。
 同化教育、皇民化教育とは、暴力にあぐらをかく大和人−天皇によってなされたことは皇太子アキヒト貴様が最っともよく知っているはずだ。
 こうして沖縄戦における沖縄人民十数万人の虐殺が準備されたのだ。
 皇太子アキヒトよ!
 日本軍が沖縄人民を虐殺したことを忘れたのか、米軍と同様に、いやそれ以上に残酷に沖縄人民を殺したのは日本軍なのだ。
 このことが一切語られず歴史のクズ箱に捨て去られ「戦争だから」の一語で語ろうとする天皇一族、大和人は絶対に許されはしない。
 皇太子アキヒトよ!
 歴史的事実はこうなのだ。沖縄の子供達の食料を奪い、泣けば敵に発見されるからと言って殺し、しかも母親の見ている前で、両足を持ち壁に頭を打ちつけ殺ろしたこと。
 集団自決を強要され部落のほとんどの人々が死んだこと。盾にされ「捨て石」とされ十数万人の人々が命を奪われたこと。この歴史的事実をたった一度沖縄に来ることで清算せんとする姑息な目論見は、既に沖縄人民には見抜かれているのだ。
 そして大和人としての我々は、我々自身が抑圧者であり差別者であったことの自覚と自己批判を実践的な闘いをもって表現する。
 皇太子アキヒトよ!
 我々斗う大和人も歴史的に大きな誤りを犯したことを自覚し、沖縄人民に対する歴史的負債を血債にかけ皇太子アキヒトを糾弾する。
 皇太子アキヒトよく聞け!
 貴様の沖縄上陸とは、日本帝国主義による沖縄差別同化支配、沖縄戦の清算、責任の陰幣(原文ママ 隠蔽の異字らしい)を計らんとするものである。
 更に米帝の軍事支配を陰幣(原文ママ)しつつ沖縄戦の聖戦化、沖縄戦「戦没者」の英霊化を計り、再びアジアへ向けた侵略反革命戦争への動員を目論んでいるのだ。
 これらの攻撃が更に重層的になり、沖縄人民の斗いの圧殺を狙い沖縄基地の強化、日米安保反革命同盟をもって日米両帝国主義の前線基地=不沈空母として沖縄を形成せんとし沖縄人民を天皇の名の下に侵略反革命戦争の尖兵としようとしていることである。
 我々は、この日本帝国主義の攻撃を粉砕すると同時に、皇太子アキヒトを糾弾する。
 皇太子アキヒト!
 沖縄人民の闘いは不屈であり着実に前進しているぞ!
 七二年植樹祭、七三年若夏国体の時何が起きたのか忘れはしないだろう。
 天皇ヒロヒトの沖縄上陸が完全に阻止されたのだ。沖縄人民の血の歴史は、沖縄人民の苦闘の歴史であり、沖縄人民は、斗いの中から歴史を作ってきたのだ。
 皇太子アキヒトよ!
 沖縄「返還」後三年を経基地と「買春」と石油コンビナート≠フ島として大改造されんとしていること、そしてその基軸こそ海洋博と沖縄振興開発計画であることを知っているのか、今なお「買春」をしなければならない沖縄の女性達がいること、大量の失業者、沖縄の自然の破壊が進行し、沖縄人民に対して一層の差別軍事支配を強化していることを一度たりとも考えたことがあるのか。
 皇太子アキヒト!
 くり返して述べる。
 沖縄「返還」後三年を経て何が変わった。基地は増々強化され、日本帝国主義軍隊=自衛隊は沖縄に派兵され日米共同軍事行動としてアジア侵略反革命を狙っている。
 日本「本土」の独占資本が進出し沖縄人民を喰い物にし、自然を破壊し、生きる権利すら奪っているではないか、全軍労の大量首切り沖縄人民を沖縄からたたき出さんとする「沖縄振興開発計画」、石油コンビナート、「買春」しかし沖縄人民は屈服せず闘いに決起している。
どれ程の沖縄人民が「皇太子来沖に反対」しているかわかるか。
 皇太子アキヒト!
 沖縄人民は貴様を絶対に許しはしない。
 なぜだか理解出来るか。
 天皇・天皇一族こそ悪の根元であり、支配者、抑圧者であったからだ。
 歴史的に天皇制絶対主義が形成過程から侵略を策し(その明確な証拠こそ「琉球処分」なのだ)日本帝国主義形成の重要な軸を担った天皇制であればこそ、最大の差別者、抑圧者で我々にとっては打倒の対象でしかないのだ。
 我々は、大和人としての闘いを沖縄人民の沖縄解放闘争に連帯し皇太子上陸絶対阻止!
  海洋博粉砕に決起する!
 沖縄人民に対する歴史的負債を血債にかけ不眠不休で闘う沖縄人民と共に突き進む!!
 海洋博粉砕!! 皇太子来沖阻止!!
     一九七五年七月一七日

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ひめゆりの塔事件 沖解同(準)本部 姫百合決死隊員の声明 【ひめゆりの塔事件等 一次資料】

沖縄解放同盟(準)本部,海洋博粉砕沖縄−「本土」共闘,『皇太子アキヒト沖縄上陸決死阻止 七・一七、姫百合・白銀決死隊糾弾状』pp.4-5より転載

皇太子アキヒトの沖縄上陸を決死阻止する
沖解同(準)本部姫百合決死隊員 ** *


 ついに我々の怨念を満身の怒りをもって爆発させる日がやってきた。恨みつらみの一切を戦犯天皇一族に叩きつける事ができるのだ。
 沖縄−「本土」の同朋の諸君、今日という日を我々は何と待ちこがれたことか。みてもみよ、皇太子アキヒトの恐怖にみちた顔を。右翼、天皇主義者のあわてふためく姿を。「皇居」の片すみで青ざめている戦犯天皇ヒロヒトを。いかなる弾圧と警備体制があろうとも、沖縄人民の怒りは天皇制・天皇制イデオロギー攻撃に屈服する「醜い大和人」のノドを突き刺し、日帝−三木の背骨もろとも戦犯天皇一族の鼻をへし折る事は可能である事がはっきりした。
 沖縄人はサツマ侵略以来すべてを奪われてきた。明治政府の同化−皇民化攻撃においては虫ケラ同然の屈辱的生活を強いられ、第二次侵略戦争においてはアジア人民虐殺の尖兵としてしたてられてきた。敵から守ってやるといったはずの友軍たる日本軍は、沖縄人を「天皇のために死ね」と恫喝をくりかえし、住民を壕から追い出し、赤ん坊までもスパイ呼ばわりして二十数万の命を奪ってきた。それは天皇制の象徴天皇制としての延命と、引きかえに「本土」と「本土」人民の安住が保障された沖縄戦の本質であった。しかしそれは過去の事ではない。七二年五・一五「返還」攻撃過程の最後にして最大の攻撃たる海洋博は、「沖縄経済の起爆剤」と称して沖縄の全て破壊し奪い尽くさんとし、大和人に忠誠を誓う沖縄人をつくり出さんとしている。しかしながら決死隊を最先頭にした今日の闘いでその狙いは見事にクサビを打ちこまれたといえよう。
 流された血は血であがなわれなければならない。沖縄戦における同朋の血で染まる摩文仁が丘は沖縄人の手に奪いかえさなければならない。そうであるがゆえに今日の闘いは大成功をおさめたのだ。
 沖縄の兄弟、姉妹達。
 更に大胆に闘いを展開しょう(原文ママ)。摩文仁が丘決戦の勝利を海洋博爆砕へ向け進撃しょう(原文ママ)。闘うアジアの、朝鮮、中国人民との連帯、血債をかけた闘いとはまさしくこの闘いである。天皇制、天皇制イデオロギー攻撃に対する闘いとは糾弾を突破した闘いへ突き進む事は今鮮明となった。勝利の日まで必死に闘い抜け。共に奮闘せん。

皇太子沖縄上陸決死阻止、海洋博粉砕
大日本民族主義粉砕、沖縄解放

闘う沖縄青年は団結せよ!
  一九七五年七月十七日
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