1974年01月27日

マルクス主義青年同盟(準)結成声明――青年同盟結成=旧解放委員会・旧レーニン研究会の組織合体=の意義について――

マルクス主義青年同盟(準)政治理論機関誌『共産青年』創刊号(1974.1.27付)2-6頁より転載

マルクス主義青年同盟(準)結成声明
――青年同盟結成=旧解放委員会・旧レーニン研究会の組織合体=の意義について――


 マルクス主義青年同盟(準)の結成―それに先だつ旧解放委と旧レーニン研の組織合体―には、階級闘争―歴史発展上の根拠がある。青年同盟(準)は、決して階級闘争の発展と無縁な、主観主義者の恣意的な行動の単純な結果として生じたものなどではない。それは、何よりも革命的左翼の、階級闘争の深化・発展が要請したこと、言ってみれば時代が投げかけた問い≠ノ真剣に、実践的に回答を出そうと云う陣痛の苦しみの中からこそ生み出されたものである。
 我々は、日本階級闘争と日本における時代の要請≠ノ答えるべく奪闘している真摯なるマルクス主義者―党派、そして日々帝国主義の圧政に抗して闘い続けている労働者・勤労人民、革命的青年学生たちにとっての合体―結成の意義とは何かを明らかにしたいと考えている。意義の共有化の責任を果すべきだと考えている。
 結論的に言えば、合体―結成の意義は、大略して以下の三つの点
に集約することができると考えている。
 すなわち、合体―結成は、
一、分裂の歴史から団結の歴史への、現実的には小さな一歩、しかかしながら(原文ママ)思想的には巨大な一歩前進であること。
二、階級闘争―歴史発展の象徴的な、しかしながら揺ぎない内実をもった一つの帰結であること。
三、日本における真の単一の前衛党建設へむけての一定の灯―特に党と人民にとっての暗黒の時代を小さいながら輝し出す灯を創出したこと。
である。これらの集約的見解に踏まえて、分裂の歴史への分析を中心として総括的に、合体―結成の意義について述べてみたいと思う。
 敗戦後、日本のマルクス主義者は、その主観的苦闘にもかかわらず、客観的には、労働者・勤労人民の自己解放のための組織と運動を分裂させつづけねばならないと云う歴史―自己矛盾の過程―を歩んできた。その結果、敗戦後二八年経た現在、労働者階級の「前衛」を名乗るマルクス主義政治組織―党派が数え切れぬほど存在することとなり、日本階級闘争の前進に、常に一種の混乱を持ち込む主体的要因となってきた。
 日本階級闘争は、敗戦後から高揚と低滞(原文ママ)を数回にわたって繰り返し、現在、世界的規模での資本主義の下部構造における矛盾の激化に規定された日本帝国主義の危機の深刻化にともなって、新たな高揚期に突入している。それは、階級対立の非和解性が、日帝のそれを包み隠そうと云う懸命な努力にもかかわらず至るところで憤出してくると云う性質をもったものであると云う意味において、まさに高揚期の内実を持つものである。その軸は、労働運動が、そして農・漁民―勤労人民の闘いが、部落解放運動が形成している。そして、さらにこの軸に学生・高校生の運動が糾合しつつある。
この日本階級闘争の新たな昂まりに、分裂の歴史の結果としての諸党派の苦闘が、主要ではないまでも何らかの形で貢献していることは疑いないことである。注1
  注1 この意味からすれば、分裂も日本階級闘争の前進にある種の活性的条件を与えていると分析し得るであろう。
 だが、階級闘争―歴史(その哲学としての唯物史観―弁証法的唯物論)発展のダイナミズムは、日本的分裂に関する分析を、このような側面においてのみ把握することに警鐘を鳴らしている。何故なら分裂が生み出した諸要素が、今や、日本階級闘争の革命的現実へのさらなる一歩前進にとっての桎梏となってきているからである。そして、その諸要素とは以下のものである。
@ 日帝の下部構造からの危機の進行による革命の客観的条件の成熟がますますハッキリしつつある中で、日本階級闘争に対する「前衛党」の、より系統的・計画的、全般的・組織的な強固な指導性が必要不可欠なものとなっているにもかかわらず、分裂は指導的核心部隊を切り縮めることによって―当然にもこれは生産点・地域・学園における運動に反映する―その主体的条件を自ら押しのけていること。注2
  注2 それ以前の革命とは異なり、プロレタリア革命(当然、ロシア革命以降の民族解放―社会主義革命も含んでいる)は、階級闘争の自然成長の単純な結果として成功することはなく、労働者階級の内部に深く深く押し込められているそれまでの人類社会を本質的に止揚する物質的・精神的力量を引き出し、結実させると云う意識性―この組織的表現としてあるのが前衛党である―による主体的条件の指導が不可欠である。言ってみれば、プロレタリア革命とは、客観的条件と主体的条件の充分な結合なくしては不可能なのである。
A 本来ならば成長の泉≠スるべき党派闘争が、極端な暴力的形態をとることによって人民内部の矛盾を正しく処理する機能を失ない、諸党派間の党的相互止揚の契機たり得なくなっていること。同時に、このことの深い思想的影響が暴力一般にまで及び、多数の活動家を、革命における暴力の問題に対するマルクス主義の厳密な立場を右と「左」に不断に溶解させる堕落≠オた思想に引きずり込んでしまっていること。
B 下部構造から進行しつつある危機を乗り切るために日帝は、ますます「分裂させて支配する」と云う陰謀的階級政策への依存度を強めており、分裂はこの支配の論理の強化の恰好の客観的条件とされていること。―フレームアップやキャンペーンが、暴力≠ニ分裂≠ノ集中されていることを見よ―
C 日本階級闘争にますます重要な役割を果すようになってきた多数の無党派活動家に、分裂にともなう多側面にわたる不毛性が悪影響を及ぼし、それが補導の強化≠フ名においてなされるために、彼らの間に指導一般≠ノ対する抜きがたい不信感を与え、孤立主義・無政府主義的傾向を助長させていること。

 ところで、この分裂の歴史の主要な担い手は、いわゆる「革命的左翼」である。そして、革命的左翼こそは、五〇年代後半以降「日本共産党」が現代修正主義の党へと純化していくことと最も真剣に闘い、マルクス・レーニン主義の旗を掲げて革命的大衆運動を闘い、それを支えてきた活動家集団だったのである。他のどのような部隊よりも日本階級闘争の最前線において苦闘してきた主体である彼らは、他の誰よりも血塗られている。だが、この血は闘争の歴史と不可分なものであり、その意味で彼らは、矢張、五〇年代後半以降の闘いの最艮の成果である。最艮の成果が、分裂の歴史を同時に刻印し、新たな高揚期への突入にともなって桎梏物へと転化しつつあるということ、ここに日本階級闘争がもつ深刻な事態があるのである。革命的左翼の主要な傾向は未だに分裂≠ナある。だが、最も良く闘う者、最も良く実践から学ぶ者は、七〇年代に入ってから時代の
発展が闘う主体に何を要求しているのか少しずつ理解し始めた。このように階級闘争の発展の素朴な結果として生みだされた部分は、なお余勢を駆って突き進む分裂の潮流に押し流されながらも敢然とそれに逆らい少しずつ新しい潮流として日本階級闘争に根を張りつつある。注3
  注3 連合赤軍は、この潮流の初めの具体的表現であった。そして、彼らは時代の要求に未分化(素朴な結果として生みだされた部分が、もたざるを得なかった特徴である)なまま対応することによって分裂の潮流に抗し切れず押し流されてしまい、後に続くものに、党の思想建設と組織論(軍事問題を含む)、運動論上の欠陥をあの衝撃な崩壊の中で激烈に輝し出すことによって、未分化の内容が何であるのかを明らかにした。連赤の粛清事件が、日本階級闘争の深刻な矛盾の内容を端的に証明している。
 青年同盟(準)の組織母体である旧解放委と旧レーニン研は、革命的左翼の隊列下にあった党派であり、分裂の歴史の申し子である活動家たちによって組織されていた党派である。そして、旧解放委は旧ML同盟の「整風運動」が勝利し得ぬままに瓦解していく中でML派の最も戦闘的分子を中心とした、さらなる整風運動の推進の過程で形成され、旧レーニン研は関西の地から諸党派の指導がマルクス主義的指導の内実をもった指導たり得ない状況下で京大闘争、三里塚闘争、沖縄闘争を革命的大衆運動として闘い抜く苦闘の中から形成された党派である。従って、我々は革命的方翼諸党派の誰もが受けている血の洗礼を同じように受けており、同時にその洗礼の痛み―分裂の歴史の不毛性を思い知らされてもいた。我々の党派活動は、この出発点において我々に刻印されたものとの闘いなしでは有り得なかった。従って、我々の闘いとは、とりもなおさず以下のような
ものでなければならなかった。
 @実践の混乱―分裂の歴史をもたらしている―の真只中から、この実践の混乱の克服を追求するぺきであって、この現実から昇天したり、それを自己とは無縁のものとして外在化することは許されないこと。Aどんなに小さな運動から出発するにしても左翼反対派の立場に陥いらないことを自己に課し、あらゆる運動の中で大胆に共産主義を組織し帝国主義の要塞の「正規の攻囲の陣型」構築を目指すこと。B徹底した大衆路線にもとづく大衆運動の創出を前提とした「指導」の健全たる回復―指導を指導たらしめると云うこと―を追求し、新たな建党路線―団結の道すじを明らかにし、この過程においてトロツキズム・反スタ「マルクス主義」を克服すること。―日共―現代修正主義の党は粉砕の対象である。C以上の各点に規定されることを前提として、闘いの中で指導(部)の堅実な集中を一歩一歩確実になしとげること。注4
  注4 すでに分析してきたように日本にはマルクス主義政治組織―党派が数え切れぬほど存在しており、それらがそれぞれ単一の前衛党をめざしている。この現実を承認できず、この現実から党建設の道すじを追求しないものは、必らず白己絶対化と云う誤まりを犯し、かつ諸大衆運動―組織の絶対的系列化と云う謬論に陥るのである。建党路線における同心円的拡大論は小ブル急進主義の産物であり、観念論以外の何ものでもない。この立場からこそ党建設のヘゲモニー争いと、大衆運動とその組織の系列化争いを媒介として暴力的党派闘争が生み出されるのである。我々は、現実を承認し、かつ単一の真の前衛党を建設するために、革命的大衆運動への打ち込みを前提として、この中で批判と自己批判を貫徹する立場を確立し、党的相互止揚を通じて団結の必然性を相互に見出し得た部分と、綱領的立場・組織・戦術・階級的立場・作風の共有化を追求することによって指導の堅実な集中を一歩一歩確実になしとげることが必要だと考えている。
 以上の観点は、それぞれ別個な形成過程をもつ党派であるにもかかわらず、その総括―理論作業の中から、旧解放委、旧レーニン研が共に導き出したものである。それは、両組織の旧機関誌『解放通信』『ボルシェヴィズム通信』において鮮明に打ち出されている。
 この共通の観点を、具体的・実践的に相互に結びつけ、8・25共闘会議とその運動に結果し、それに先だつ建党の重要な環としての全国協議会に結集する媒介となったものが、他ならない連合赤軍事件であった。我々は、連赤事件直後の衝撃と混乱―全てのマルクス主義者、政治党派の階級的立場・思想的―路線的内実が根底から全人民の政治的に未分化な注視(良い意味でも悪い意味でも)のもとで洗い直されている時期に、相互に、相手が相対的に秀れた姿勢を堅持しているのを見出したのである。大多数の党派とマルクス主義者が、とりわけて全国的な組織的影響力を有する全国的政治機関紙を発行し得るような党派が、日帝がこの時とばかりに自己の自由にできる宣伝・煽動機関の全能力を傾けて展開した反連赤フレーム・アップとキャンペーン=これは、とりもなおさず暴力革命を主張する全ての部分に対して仕かけられた敵の側からの徹底した思想闘争の内実をもつものだったのだが=の前で、あわてふためいて自己の無実潔白を証明するべく(従って思想闘争などはじめから問題にならなかった)日共―現代修正主義の党ともども極めて低次元の連赤批判の大唱和を行っていた注5時、我々は他の余り多くはない党派、マルクス主義者とともに、このようなキャンペーン、フレームアップが敵階級のヘゲモニーになる思想闘争であることを見抜けないという浅薄な傾向と闘っていたのである。
  注5 それは、連赤事件を非常に乱暴に概括して路線問題一般の不充分性、誤りに帰着させるものであった。日共と革マルはこの立場の双壁であり、他の革労協や第四インター等も大同小異であった。連赤の無惨な敗北が、分裂の歴史の結果混迷している日本における建党問題、実践的混乱の克服、日帝国家権力をいかなる具体的方法で粉砕し、労働者・勤労人民をプロレタリア独裁の旗の下に結集させる道すじ―すなわち共産主義をどのように組織するのか、等々の問いとの死闘、まさに死闘との結果であることに少しでも気づいていたなら、せめてもう少し慎重な総括上の立場を―例えば黙示の挙に出た革共同中核派ぐらいの立場を守るべきではなかったのか!? 大唱和に参加し、敵の目論見にまんまと乗せられた革命的左翼と自称する諸君は、自己と日共の違いを必らず全人民の前に明らかにする必要がある。それは、日帝の危機が加速度的に進行する現在、なお一層緊要なこととして問われている。
 我々は、未だ大衆運動の、従って実践的検証を受けない段階ではあったが、連赤事件が投げかけたものを綱領的立場・組織・戦術、・階級的立場、作風と云う全面性から検討し、そして帝国王義の要塞の「正規の攻囲の陣型」を構築することを極めて目的意識的に追求する場として、他にも若干の党派、マルクス主義者を加えて全国協議会をもった。8・25共闘とその運動は、この我々の姿勢を大衆運動の烈火で検証する場として、文字通り、七二年八月二五日、世界革命と国際共産主義運動の現在における最前衛の闘いを担っているベトナム―インドシナ革命戦争に連帯し、サイゴン蜂起二七周年を記念することを出発点として結成された。そして、このことは当然のことながら、この運動に結集する者の思想的立場を一定の内容において規定した。それは、現在段階における世界革命と国際共産主義運動の最前衛を、中―朝―インドシナ三国人民の闘いに象徴され
る民族解放社会主義革命であることの承認、ひるがえって、そのことが今や帝国主義心臓部での革命闘争の大胆な前進を要求していることの確認、及び、日本革命運動の混迷を真の国際主義潮流の建設によって止揚すると云うことを、8・25共闘会議自体が全体としてハッキリと打ち出していたが故に、ロシア革命以降の世界革命における民族解放運動が持っている意味を頑迷に理解しようとしない反レーニン主義的な単純な先進国革命論者や、前述の諸内容を敵視するか、あるいは利用主義的にしか位置づけられないトロツキズム、反スタ「マルクス主義」批判とを前提とする思想内容であった。この様な方向性を堅持した8・25共闘会議とその運動、及びそれに先行する全国協議会は、我々旧解放委と旧レーニン研の四つの観点を、この一年数ヵ月にわたって厳しく検証した。我々は、8・25共闘会議に結集する他の同志・友人たちと、熾烈な諸闘争から昇天することなく何回かの曲節を経ながらも8・25共闘会議を立派に運営し、昨年10・21闘争には革命的左翼諸組織の中で最大の二千有余人(我々は、どこかの党派のように動員数を水増しにするなどと云うことはしない)を雨中で結集させ、新たな国際主義潮流としての統一の基調を貫徹させたのである。8・25共闘運動の一年数ヵ月は、全協の指導性の内実を、遺憾無く問うた。旧解放委と旧レーニン研は、独白の歴史的形成過程と独自の組織体制をもつ党派であるから、どのように相手を基本的姿勢において評価・承認していたにしても、
独白の組織活動を相互の関係において解消したりすることは、当然のことながらできない。従って、旧解放委と旧レーニン研の間には、党派闘争が存在し、それは、相互の諸側面における共通項が多ければ多いほど、現象面的にはともかく内面においては極めて厳しいものであった。何故なら、両組織の活動の場は、いろいろな意味で共通だからであり、それは、特に党派の路線の物質化にとって絶対的要素である新しい活動家を組織体制に結集させると云う、党派にとって非常にリアルな問題に関して多大な矛盾を持ち込まざるを得なかったからである(諸党派は、ほとんどこの事を媒介として一度は暴力的党派闘争をしているはずであり、なお続いている暴力的党派闘争の、それは変らぬ原因の一つとなっているのだ)。だが、我々は、ある種の戦線でこの矛盾を激化させたことはあったが、結局のところこの矛盾をも相互止揚してきた。注6
  注6 このことは現在の暴力的党派闘争が、党派闘争Iに関ずるマルクス主義の普遍的原則とは一切関係のない小ブル観念論の産物以外の何ものでもないことを端的に証明した。
 そして、それは両組織の、四つの観点の実現と、成長の泉≠スるべき党派闘争における原則性の回復の追求、と云う目的に対する真剣な打ち込みによってのみなし得たことなのである。我々は、四つの観点は未だに実現過程にあると把握しているし、それは、まだ端緒に着いたばかりであるとも把握している。だが、第四の観点は、我々に指導(部)の堅実な集中を一歩一歩確実になしとげる、と云う課題を与えていた。そして、すでに、旧解放委と旧レーニン研は、相互にその存在、その姿勢に実践的にも理論的にも、かつ思想的にも充分な点検を加えており、しかもその結果は満足のいくものであった。第四の観点に真面目であるなら、我々は、指導の堅実な集中のために合体するぺきことが問われていた。何か理由をつけて合体を引き延ばすことは、七三年の夏以降では、すでに不自然であり、かえってセクト主義の誤りに陥いることを意味していた。
 我々は、このような把握に基づいて夏以降、合体のための諸活動に精力的に前進した。そして、昨秋10・21闘争を組織しつつ、旧両組織の最後の整理を行い、×月x日正式に組織合体し、続いて、同一の思想的立場、同一の政治・組織路線、単一の中央―地方指導部よりなる、連合組織ではない新たな政治組織、マルクス主義青年同盟(準)を結成した。(準)は、従って、準備会と云う意味ではない。(準)は、我々の建党路線上、組織論上の必然的な帰結であり、それらの内容がいかなるものであるかを証明するものである。すなわち、(準)とは、前述した四つの観点が未だ実現過程であり、しかもその端緒に着いたばかりであり、指導(部)の堅実な集中の一歩一歩の獲得のその一歩を踏み出したにすぎない、と云うことの組織形態の一表現である、と云うことなのである。青年同盟としての組織活動を準備会として展開すると云う意味ではなく、さらに四つの観点の実現のために苫闘し、その過程で多くの真摯なるマルクス主義者、党派と指導(部)の堅実な集中を一歩一歩確実になしとげる、と云うことの決意表明であり、真摯なるマルクス主義者、党派を自負する多数の同志たちに対する、団結して共に、現状の混乱を克服しよう、と云う熱烈な呼びかけを、青年同盟として行なっている、と云う意味なのである。旧解放委と旧レーニン研がそうであったように青年同盟(準)も、また、分裂の歴史の不毛なる刻印との闘いを展開しなければならないのである。そして、青年同盟(準)は、この刻印との闘いの初歩的勝利の結果、結成されたのである。この意味で、旧解放委と旧レーニン研の組織合体、マルクス主義青年同盟(準)の結成は、何よりもまず、@分裂の歴史から団結の歴史への一歩前進の組織的表現、A階級闘争―歴史発展の象徴的な一つの帰結、B日本における真の単一の前衛党建設へむけての一定の灯となり得ること、と云う、(現在の日本階級闘争の客観的情勢の発展・深化と裏腹な主体的条件の否定的現状にあっては、)とりわけて強調されるべき意義があるのである。              
以上


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1968年10月05日

日本マルクス・レーニン主義者同盟規約


昭和43年10月10日付 機関紙『赤光』54より転載。

日本マルクス・レーニン主義者同盟規約
     
一九六八年十月五日



前    文
一、日本マルクス・レーニン主義者同盟は、プロレタリア世界革命の実現、日本プロレタリアート独裁権力を樹立するために闘い、その中で真の革命党建設をめざす政治同盟である。
一、この崇高な任務を果すため同盟は、マルクス・レーニン・毛沢東主義を指導理論とし指針とする。毛沢東主義は、中国革命を勝利させたのみならず、現代修正主義の反革命に対決しながら、人民戦争による革命不断革命論と革命発展段階論を弁証法的に統一し、思想方法・工作方法を確立発展させた現代最高のマルクス・レーニン主義である。
一、同盟は、パリ・コミューン、ロシア・ソビエト、中国解放区と継承されてきた国際階級闘争の教訓に学び、プロレタリアートの指導性を根拠とする自己権力を長期的に創造、対置し、二重権力的状況を通じてプロレタリアートの独裁を樹立する。
一、同盟はその目的実現のために、プロレタリアートを核心とする諸階級人民大衆を統一戦線に強固に結集しなければならない。そして当面する情勢のなかでは、とりわけ矛盾の最も集中している労働者に依拠し、これを核心にする統一戦線の構築が環である。
一、同盟の諸活動は、大衆路線を堅持して行なわれなければならない。同盟員は常に大衆と深く結びつき、人民大衆に奉仕し、人民大衆の先頭にたたなければならない。そして同時に大衆追随、自然発生性への拝跪は厳に戒めなければならない。
一、同盟はその組織において、中央集権制の上にたつ党内民主主義の確立という革命的原則を堅持する同盟の団結の根拠は、徹底したプロレタリア的献身性、階級への忠誠にあり、その表現としての綱領、規約、決議にある。
一、同盟はプロレタリア革命闘争を展開していく上で作風と規律をとりわけ重視する。そのためには思想方法と工作方法を確立することが重要な鍵である。
一、同盟は鉄の団結をめざし、分派、私党は許されない。

第一章 同 盟 員
第一条 同盟の綱領と規約を認め、その実現のために奮闘を誓う者は、第二条、第三条の手続によって同盟員となることができる。
第二条 加盟許可は細胞の推薦をうけ、一級上の機関の決定による。
第三条 中央委員会は第二条の手続きによらず同盟への加盟を認めることができる。
第四条 同盟員の資格は次の各項による。
 1、同盟の団結をたえず強化すること。
 2、同盟の路線、政策の実現に務め、任務を完遂する。
 3、不断に人民と結びつき人民に奉仕する。
 4、批判と自己批判による活動方法を身につける。
 5、規律を高め、規約を遵守し、同盟活動に献身する。
 6、同盟内部の問題を外部に洩らさず、問題がおきた場合は同志的討論で解決する。
第五条 同盟員の権利は次の各項による。
 1、中央委員会をはじめ各級指導機関に意見を述べ質問する。
 2、同盟内の選挙、被選挙権と投票権。
 3、同盟内批判と同盟内討論。(但し決定遵守)
 4、自己の処分が決定される会議への出席と発言。
第六条 同盟の許可なく同盟費の滞納三ヵ月に及ぶ者、同じく活動停止三ヵ月及ぶもの、並びに第四条の各項に反したる者については除名を最高とし、同盟内公開自己批判書の提出を最低とする処分を受ける。
第七条
 1、処分は中央委員会代表と地区委員会代表の出席する所属細胞会議で決定する。処分は除名、除籍、権利停止(義務遂行)、同盟内公開自己批判書の提出の順位でなされ、除名は敵階級あるいは他党のスパイ又は内通分子、階級への裏切り分子に対してなされ中央委員会のみがこの決定権をもち、報復措置が併用されることがある。
 2、除籍された者は、中央委員会の決定によらなければ再加盟することができない。
 3、除名された者は再加盟することが許されない。

   第二章 組   織
第八条 同盟の基礎組織は細胞である。細胞は経営、学校、居住におく。
第九条 同盟組織は下級から順に細胞、地区委員会、都道府県委員会、中央委員会大会である。中央委員会における決定があるまで都道府県委員会は発足しない。
第十条 同盟の最高決定機関は大会である。大会は一年に一度定期大会を開く、但し中央委員会又は、全同盟員の過半数の要求がある場合は臨時大会を開く。
第十一条 大会は次の各項を行う。
 1、同盟の政策、方針等全路線を決定する。
 2、綱領と規約を採択、改廃する。
 3、中央委員、中央委員候補、同盟議長、同盟書記長、政治局員を任命する。
 4、中央委員会以外の人事を確認する。
 5、大会から大会までの中央委員の全活動の報告をうける。
第十二条 大会と大会の間の最高指導機関は中央委員会であり、六月に一度定期的に開かれる。但し政治局又は中央委員の過半数の要求のある場合はいつでも開催する。
第十三条 中央委員会は次の各項を行なう。
 1、大会の決定に則り、同盟の全路線を実現するための指導と諸決定を行なう。
 2、常任指導部として政治局を設け、政治局員を大会に推薦する。
 3、統制委員会の任務を兼任する。
 4、機関紙誌の編集発行を行ない、その責任者を決定する。
 5、同盟の財政を管理運営しその責任者を決定する。
 6、その長の要請に従い4項5項並に国際部の専従者を任命する。
第十四条 同盟の各級機関にはそれぞれの長をおき、選出は各級機関で行ない一級上の機関が任命する。

    第三章 財    政
第十五条 同盟の資金は、同盟費、事業収入寄付によってまかなう。
  同盟費は月二千円とする。
  加盟費は千円とする。

付 則

1、改正は大会のみが行なう
2、各条に直接触れていない問題は中央委員会による。
3、この規約は一九六八年十月五日より発効する。





ラベル:ML派 ML同盟 規約
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