1998年06月26日

反帝国際連帯闘争の高揚を克ち取ろう! 明大経営学生会

1998年6月26〜28日に行われた第48回和泉祭のパンフレット「明治大学 第48回和泉祭」34-35頁より転載。
新ガイドライン安保粉砕!「有事立法」制定を許すな!沖縄・名護海上ヘリ基地建設阻止!

反帝国際連帯闘争の高揚を克ち取ろう!

経営学生会  


 現在、米・日・EU帝国主義諸国は、世界同時不況の混迷の中、帝国主義としての生き残りをかけた熾烈な市場再分割戦を繰り広げ、経済ブロツク化の下で「第三世界」労働者・人民への過酷な搾取・収奪を激化している。これに対しアジア・「第三世界」各地では、帝国主義の支配体制に抗し、労働者・人民による粘り強い闘いが続いているのだ。
 この間、インドネシアでは、IMFを通じたスハルト軍事独裁政権への梃入れと労働者・人民からの搾取・収奪をもって自らの経済権益を維持・拡大してきた帝国主義支配に対して、ついにスハルト退陣と民主化を求めるインドネシア人民の闘いが勝利した。また、韓国では、自主的平和統一を求める韓国労働者・人民の闘いが前進する中、金大中政権が発足した。 しかし、従来の日・米帝による強力な経済支配体制は本質的に何ら変わらず、IMFの経済政策の下で行なわれた「整理解雇制」導入に抗議して、韓国労働者は闘いに果敢に起ち上がっている。
 このようにアジア・「第三世界」では、反帝民族解放闘争が、現在果敢に闘われ続けているのだ。
 かかる中、米帝の世界戦略の一翼を担いつつ、アジアにおける独自の支配権確立に奔走する日帝は、バブル経済の破綻、「アジア通貨危機」に見舞われ、混迷の度を益々深めている。 日帝は、かかる危機をアジア・「第三世界」労働者・人民からの更なる過酷な搾取・収奪によって乗り切り、必然的に起こるであろう反帝民族解放闘争を自衛隊をもって圧殺すべく、侵略反革命臨戦体制の完成に向けた攻撃をかけてきているのだ。
 それは、すなわち、現在進行する新ガイドライン安保−「有事立法」制定を通じた「戦争のできる国家」体制構築の動きである。
 97年9月に策定された新ガイドラインは、自衛隊の米軍支援として、物資・弾薬の提供、「臨検」、米軍による民間空港・港湾の自由使用などが規定されている。これはまさに、米帝が発動した侵略反革命戦争への自衛隊の積極的な参戦及び共同軍事作戦の展開を狙ったものに他ならない。
 そしてこれに実効性を与えるべく、日帝は4月、「新ガイドライン関連法」を閣議決定し、「有事立法」の制定に血道を上げている。既に、「有事ACSA」締結は強行され、更に自衛隊の組織的武力行使を可能とするPKO法改悪案がついに立法化された。まさに帝国主義軍隊としての本質を露にし、世界規模へ自衛隊が派兵される体制が作られつつあるのだ。また、「周辺事態法」の中には地方自治体・民間人の動員が明記され、まさに「国家総動員」に道を開く「戦時国家」体制が構築されているのだ。また一方で、かかる「戦争国
家」化へ向けた「城内平和」確立に向け、国内治安管理一弾圧体制を強化するべく、警察による盗聴「合法化」を含む「組織的犯罪対策法」制定や「国民総背番号制」に他ならない「住民基本台帳法」改悪が狙われているのだ。
 90年代以降、恒常的派兵体制構築をおし進めてきた日帝は、新ガイドライン安保を通じて、帝国主義としての延命と飛躍を遂げんとしている。つまり、日帝は、世界大に拡大した自らの帝国主義的権益を維持・拡大すべく、その軍事力を背景としながら、アジア・太平洋地域における主導権を確立せんとしているのだ。かかる日帝の侵略反革命攻撃と真向から対峙し、アジア・「第三世界」民衆の闘いとの連帯し、日本の「戦争国家」化−新ガイドライン安保体制を粉砕しよう!
 かかる下で現在、全国的に在日米軍基地の再編・強化、軍事演習の拡大と自衛隊の海外展開能力の強化が図られている。対アジア出撃拠点である沖縄では、名護市辺野古沖に最新鋭の海上要塞とも言うべき「海上ヘリ基地」建設が強行されんとしている。日帝は、ヘリ基地建設の是非を問う名護住民投票や市長選に露骨に介入し、「経済振興策凍結」「普天間返還凍結」という惘喝をもって、海上ヘリ基地建設を強行せんと奔走してきたのだ。
 そして5月19日、沖縄県収用委員会は、「米軍用地」強制使用を巡る公開審理の裁決において、国による「米軍用地」強制使用手続きの不当性を理由に国の申請を却下した。だが、昨年4月に改悪された「駐留軍用地特別措置法」によって、この却下を不服とした国・防衛施設局が建設大臣に再審査請求をすれば、土地の強制使用は認められることになっている。我々は、かかる暴力的な土地強奪を決して許してはならない。
 戦前・戦後を貫いた「本土」による沖縄支配の歴史を痛苦に捉え返し、沖縄民衆の反戦・反基地闘争と連帯し、普天間基地即時無条件返還、海上ヘリ基地建設阻止、沖縄基地全面撤去に向け、闘いを作り上げていこう!
 また現在、有事体制の「国民統合」の基軸として、天皇制・天皇制イデオロギー攻撃が激化している。今年、天皇アキヒトによるイギリス・ポルトガル・デンマーク訪問が行なわれたように、天皇「代替り」以降、「皇室外交」を通じた天皇の政治舞台への全面的登場、天皇「元首化」が図られている。そして、いよいよ天皇訪韓が政治日程に上らんとしている情勢にあるのだ。また、国体・全国植樹祭・長野オリンピックなどを通じて、あるいは地域・学園においての「日の丸・君が代」の強制、愛国心教育の徹底、マスコミによる皇室賛美キャンペーンなどによって、天皇制の下への「国民統合」が進められているのである。
 天皇制の戦争責任追及、天皇訪韓阻止、天皇「元首」化攻撃粉砕、天皇制打倒に向けて闘おう!
 かかる中、日帝は帝国主義的な教育再編をおし進めている。その内実は、産・官と癒着した教育研究の推進、福利厚生施設・設備の撤廃など、独占資本に従属した「教育改革」に他ならない。
 明大においても、毎年学費が上がる「学費漸増制」なる学費制度が導入され、これにより、明大資本の利潤追求を目的とした「駿河台再開発」が強行されているのだ。同時に、大学当局−理事会は、サークル活動や学生の自治活動の破壊を画策し、学生運動解体攻撃を強めてきている。
 かかる明大の帝国主義的再編を許さず、共に闘おう!






posted by Front@管理人 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 明大自治会等 資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1989年06月27日

革命的労働者協会狭間派 六月二十五日の事態に関する声明


革命的労働者協会(社会党 社青同解放派)政治機関誌『解放』16(1990年3月付)より転載。

声明

革命的労働者協会
日本社会主義青年同盟


革命的労働者協会と日本社会主義青年同盟は、六月二十五日の事態について、以下声明する。

   T

 六月二十五日、わが党・同盟によって昨年除名され、その後逃亡・敵対し、しかるべき対策が問われていた永井が、永井をめぐる組織防衛上の活動の過程で肉体的変調をきたし、放したが、その後、新聞等マスコミ報道によれば、死亡した。
 今回の事態の全責任は、権力に屈服し売り渡しをおこなったのみならず、逃亡・破壊をくりかえした永井本人にある。あわせて、この全過程において、階級的原則がつらぬかれ、かつこの原則を貫徹するために、なされるべき一切がなされたことを明らかにする。死という結果は、目的としてはなかったが、当人の思想的脆弱性と反革命的所業の強さと深さによる動転を主因として、その他の身体的条件が重なって生じたものと考えられる。
 また、今回の死の直接の原因に関しては、警察権力の介在について緊張しなければならないと考える。この点では、新聞報道(『毎日』六・二六付け)に、「腹を中心に、顔、胸に裂傷があり」とあるが、それが事実だとすれば、明らかに権力(その他)による謀殺と断定されることになる。
 スターリン主義と一切の官僚主義・セクト主義をこえようとするわれわれは、権力・マスコミ・革マルなどが、中国(日本)スターリン主義になぞらえ煽動しているような、「穏健派の一掃」とか「内(々)ゲバによる殺害」とは無縁であり、売り渡し問題のすりかえによるデマゴギーとそれにもとづく一切の弾圧・敵対活動を粉砕するであろうことを言明するものである。


   U

 永井は、九・一四−一五(一九七三年、反革命革マルによる神奈川大学夜襲=白色テロと、革マル反革命分子二名の死)公判、銃刀法公判等に関して、同志の売り渡しによりわが党によって除名され、その後も党と革命運動の反階級的・反革命的な破壊をくりかえしてきた。
 永井は、長期投獄−重刑攻撃に屈服し、歴史的な九・一四−一五戦闘の意義を否定し、同志=組織と闘い(革命)を売り渡した、反階級的・反革命的裏切り分子であり、一旦その場逃れ的に組織決定に従う≠ニしながらその後逃亡し、無罪・減刑を裁判所=権力に嘆願し、放免に値することを売り込むことを目的にした党と革命への攪乱=破壊活動を続けたが、それに対する厳重な警告とわれわれの決定の通告を無視したのであって、この問題を利用した権力・革マル等の介入の封殺をふくめた組織防衛上の活動は当然であった。
 永井のこうした行動は、権力への屈服に発した裏切りと敵対という性格によって、現下の本格的な武装闘争の着手をふくめた解放派の闘いと組織の飛躍に対する権力の質的に転換を画した弾圧や、革マルによる白色テロ、および社民化しつつある脱党分子の路線転換(権力闘争、対革マル戦、対ファシスト戦の解体)のための介入を許すものであって、永井への必要な処置は、階級闘争の前進と解放派にとって不可欠だったということである。


   V

 われわれは、今回の事態をめぐる国家権力、反革命革マル、右翼ファシストおよび脱党分子、さらにブルジョアマスコミによる一切のデマゴギーや敵対、さらには反動的分子による売り渡しを許さず、党(同盟)−統一戦線・軍の革命的再編強化をよりいっそう強力に推進するであろう。
 とりわけ、戦後帝国主義ブルジョア支配の危機に際し、プロレタリア権力の樹立をめざすとともに、強まる「過激派」=解放派潰滅攻撃=投獄・極刑に正面対峙しうる強靭・不抜の革命党(指導部)・軍の建設をなしとげるだろう。
 革命的労働者協会・日本社会主義青年同盟−解放派は、「即位の礼」−「大嘗祭」爆砕=天皇決戦、代執行阻止=三里塚二期決戦を二大基軸とし、安保・労戦再編攻撃をはじめとした諸闘争、対ファシスト戦、対革マル戦を革命的に推進するなかで、なだれをうって総屈服−総転向に抗して、日本(世界)階級闘争の革命的転換と、スターリン主義、社会民主主義をこえた共産主義的・革命的な労働者党建設を実現することを明らかにするものである。
以上


一九八九年六月二十七日






posted by Front@管理人 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 革労協狭間派 機関紙誌上の声明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1989年02月24日

革命的労働者協会狭間派 2・24大喪の礼爆破戦闘に関する革命軍軍報

別冊 治安フォーラム 『過激派事件簿40年史』 134頁写真より転載

2・24調布・中央道 
史上空前の戒厳体制を突破し「大喪」の車列を直撃する革命的爆破攻撃敢行

駒澤大学法文経自治会は、革命軍より軍報がよせられたので、これを公表する。

軍報
 わが革命軍は、2月24日午後1時54分、東京都調布市深大寺南1-25の中央自動車道において、「大喪」の車列を直撃する革命的爆破攻撃を敢行し、「大喪」の車列を完全に阻止するという偉大な戦果をあげた。
 わが革命軍は、本戦闘において、2・3東郷神社爆破戦闘とあわせ、帝国主義国家権力の天皇Xデー攻撃に決定的打撃を浴びせたことを宣言する。
 天皇アキヒトの「大嘗祭」・即位式典をメルクマールとした、あと一年有余にわたる天皇Xデー攻撃、天皇主義ファシストによる反革命報復に対し、徹底した本格的武装闘争、実力対決をもって、天皇制打倒−プロレタリア革命勝利の革命的権力闘争を共にたたかわん。

1989年2月24日 革命軍






posted by Front@管理人 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 革労協狭間派 機関紙誌上の声明 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1982年06月27日

宣言−全国日雇労働組合協議会 創立大会

宣言

 仲間たちよ! 労務者としてわれわれが強いられてきた歴史と現実は、枕木の礎に眠る累々たる屍に象徴される、産業兵士としての屈従の日々であった。
 その上にこそ、この国の大動脈は築かれ、資本主義の基底部は支えられてきたのだ。
 侵略の餌食とされたアイヌ・沖縄人・強制連行されてきた朝鮮人・中国人の墓標。そこにこそ、帝国主義の国家意志が、最も露骨に貫徹された姿があり、労務者の歴史性が如実に刻印されている。
 囚人労働に始まる監獄部屋、タコ部屋が、支配と強搾取の赤裸々な実態であった。空腹をかかえての重労働、凄惨なリンチ、慟哭の日々。その中で煮えたぎった怒りは、繰り返し繰り返し決起した、叛骨の労働者魂の水脈として、今も涸れずにある。

 戦後、全国の寄せ場に集積された労働者の怨念は、暴動となって幾度と尽く爆発した。
 賃金奴隷の市場、必要な時必要なだけ汲み出し、酷使し、使い棄て自由な労働力の貯水池−寄せ場、そこでの二重、三重の搾取と収奪、暴力支配を打破せんとする欲求の発露は蓋し必然であった。
 仕事につけない苛立った精神と、ぼろぼろにされた肉体を引きずる彼方に、野垂れ死をみる地獄をさまよわされる窮乏者の群れ。現役を誇る者には、侵略的、反人民的国策事業への動員。この強いられた運命に否を唱える者に対する制度的死−保安処分、獄死、死刑攻撃の準備。これがわれわれを取り巻く現状である。しかし、絶望の中にも一条の光があるのだ。
 虐殺、弾圧の嵐に抗し、苦闘した先達の姿こそ、われわれの指針である。日朝労働者のすぐれた共同闘争を教訓化し、民族排外主義に屈した負の歴史を肝に銘じ、克服せよ。
 戦前の轍を歩まんと支配が整えられている今、侵略戦争の人柱となるのか、それとも、帝国主義の一切の不正を撃つのか、厳として選択は迫られている。
 仲間たちよ、苛酷な労働と差別・抑圧に呻吟する兄弟よ! 虐げられた者が自らの運命を刃に変え、隊伍を整え、君臨する支配者共を打ち倒す時代を、今や断乎として到来させねばならない。
 敵を的確に射程に入れ、自らを階級戦士として打ちきたえんとするわれわれは、この地平に下層の兄弟姉妹、すべての闘う労働者、農民、被差別大衆との団結を求める。
 われわれを虐待するところ、全国至るところで闘いの陣型を構築し、抑圧者をして、われわれの団結の力の前に震憾せしめよ。
 われわれの頭上に投げかけられる悪意の烙印を、敵階級との戦闘の坩堝の中に投げ返し、労働者階級の誇りを奪取せよ。反帝国主義−国際主義の隊列を被抑圧民族、労働者・人民と共に打ち固め、闘いの共同性を獲得せよ。
 われわれは、搾取と収奪、差別と抑圧のない社会をめざし、今ここに進軍する。
 全国に散在する日雇労働者・下層労働者は、全国日雇労働組合協議会(日雇全協)の旗の下に団結せよ。
 以上、宣言する。
         1982年6月27日
            全国日雇労働組合協議会 創立大会





posted by Front@管理人 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 寄せ場 一次資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1975年07月20日

関東沖縄解放同盟 「声明文」 【ひめゆりの塔事件等 一次資料】

沖縄解放同盟(準)本部,海洋博粉砕沖縄−「本土」共闘,『皇太子アキヒト沖縄上陸決死阻止 七・一七、姫百合・白銀決死隊糾弾状』pp.3-4より転載

※文中にルビがふってある部分については、web公開の都合上、直接ルビをふらずに<>にいれた。

声明文

 七月十七日我々沖縄解放同盟(準)は、ひめゆりの塔において天皇(皇族)に対する積年の怒りと糾弾を、皇太子アキヒト・美智子に打ちおろした事をここに表明する。
 再三再四にわたる我々の警告にもかかわらず、皇太子アキヒトは四千名の機動隊、二百台近くの装甲車、無数の私服警官、刑事、数機のヘリコプターを伴ない、それに固く守られ、沖縄を厳戒体制下におく事で沖縄上陸を強行した。そして、天皇の命とひきかえに二十万人もの沖縄人の命を奪った沖縄戦の劇戦地跡、南部戦跡へ足を踏み入れた事は、まさに天皇(制)に対する日本軍(日本人<ヤマトンチュ>)に対する底深い沖縄人の恨みと恐り(原文ママ「怒り」の誤りか)の三十年間に、はっきりと対決するものとして登場したのである。一六〇九年のサツマ琉球侵略以来三百数十年に及ぶ日本の沖縄差別支配は、常に天皇(制)を頂点に沖縄人を圧倒してきた。特に沖縄人−日本人<ヤマトンチュ>の差別、追害(原文ママ「迫害」の誤りか)の関係を極限状況で最も激化させた「沖縄戦」においては、日本軍は天皇の名のもとに沖縄人虐殺をほしいままにくり広げていった。
 我々は、現在なお日・米軍事基地に支配されている沖縄に生きており、「沖縄戦」は過去の歴史ではなく今なお、沖縄人−日本人、沖縄−日本社会に、差別的侵略的本質を変えることなく脈々とうち続いており、この事実は何人も否定することはできない。我々はこの「沖縄戦」における壕内の苦斗の体験をわずかでも共有せんと、ひめゆりの壕において壕内生活を十数日追体験した。そして十七日の皇太子アキヒトの南部戦跡侵入が明確に「沖縄戦」の天皇責任を一切隠ペイし、沖縄人虐殺を正当化し、それを通じて新たな侵略基地の島へ沖縄と沖縄人をかり出さんとする侵略の象徴としてあり、それ故、皇太子アキヒトらのひめゆりの塔への献花は、沖縄人死者を土足で踏みにじり、ボウトクする行為以外の何ものでもない。
 我々は、まさにこの時、苦痛の壕内体験を自らのものとし、沖縄人の三百数十年間に及ぶ差別、収奪、迫害の差別支配への反撃、そして「沖縄戦」の天皇と日本人に対する一切の怒りと恨みを火炎ビンにこめ、皇太子アキヒト・美智子にたたきつけたのである。火炎ビンのまっ赤な炸裂は、天皇を頂点とした日本の沖縄差別支配に対する歴史的、必然的、正当な沖縄人の反撃・糾弾の斗いである。
 我々は七月十七日の斗いを以上の正当性、必然性の故に断固貫徹した。
 七月十七日ひめゆりの塔における皇太子アキヒト決死糾弾斗争は、沖縄人の沖縄解放をかけた闘いであり、今後も我々沖縄解放同盟(準)は更なる手段をもって沖縄差別支配の元凶とその尖兵と闘い続けることを追記しておく。
 一九七五年七月二十日
関東沖縄解放同盟(準)

横浜市つるみ郵便局 私書箱**号


posted by Front@管理人 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ひめゆりの塔事件等 一次資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1975年07月17日

白銀病院事件 「本土」青年(戦旗派)白銀決死隊員の声明 【ひめゆりの塔事件等 一次資料】

沖縄解放同盟(準)本部,海洋博粉砕沖縄−「本土」共闘,『皇太子アキヒト沖縄上陸決死阻止 七・一七、姫百合・白銀決死隊糾弾状』pp.10-13より転載

ヤマト人の自己批判に踏まえ天皇一族の戦争責任を糾弾し、沖縄上陸を阻止する

「本土」青年(戦旗派)白銀決死隊員 川野 純治


 皇太子アキヒトよ!我々は、お前ら天皇一族の差別抑圧の歴史を糾弾する。天皇ヒロヒトの戦争責任、とりわけ沖縄戦における二十数万人の沖縄人民虐殺、朝鮮人民虐殺の責任を断固として糾弾する。
 一六〇九年サツマ侵略、特に一八七九年「琉球処分」以降、天皇制の下で沖縄と沖縄人民は、大和の差別抑圧支配に苦悩を強いられた。まさに、この差別抑圧支配の集中的表現こそ、沖縄戦であり、天皇の名による沖縄人二十数万人の虐殺であった。そして、戦後も沖縄と沖縄人は、天皇(一族)の戦争責任の隠ペイと天皇制の延命のため、また敗戦帝国主義国日本の復興の為、米軍の軍事支配の下に売り渡されたのだ。
 まさに、沖縄の歴史は天皇制の下での苛酷な差別、抑圧、収奪、同化の歴史であった。このことを強いたのは、天皇(一族)と日帝ブルジョワジーであり、それを支えたのが、他ならぬ大和排外主義に屈服した日本プロレタリア人民であったこと。このことを何よりもはっきりと痛苦にとらえ返さねばならない。
 特に、「本土」プロレタリア人民と沖縄プロレタリア人民の関係をはっきりと浮きぼりにした。沖縄人民の「本土復帰」闘争の意義をはっきりと確認する必要がある。沖縄人民の「本土復帰」闘争は、日本帝国主義の一貫した沖縄人民に対する差別支配に対する怒りとしてあり、それからの脱却を求める沖縄人民の自己解放闘争であった。同時に、日米安保反革命同盟−米軍政支配に対する「基地撤去」の斗いとして大爆発し、不断に「本土」人民との斗いの結合を追及したものであったといえる。
 だが、「本土」人民は、二・四ゼネスト回避に端的に示される如く、沖縄人民の血の斗いを一切無視、切り捨ててきたのである。60年安保−沖縄闘争において一定高揚したとはいえ、不断に沖縄人民の斗いに連帯しえず、ましてや、72年5・15以降、ほとんどの部分が沖縄解放闘争から召還していることを徹底して自己批判せねばならない。
 我々は、このような帝国主義抑圧プロレタリア人民としての血債にかけ、沖縄人民の斗いに徹底して連帯しきる必要がある。
 その上にたって、我々は、天皇(一族)に対する戦争責任の追求、一貫して沖縄人民に差別と抑圧を強いた天皇(一族)に対する糾弾闘争を展開する。
 皇太子アキヒトよ。お前は一体どんな面を下げて沖縄へ来るというのか。明治天皇以来つまりお前のひいじいさん以来、一貫して沖縄人民を差別し抑圧したことを忘れてはいまい。沖縄戦において、二十数万人の沖縄人民あるいは朝鮮人民を虐殺したのは、お前の父天皇ヒロヒトである。また、戦後沖縄人民を苛酷な米軍政支配に売り渡したことによってお前らは今日までのうのうと延命しつづけられたのだ。
 知っているか。「復帰」後、「本土」独占企業が大量に進出し、農民から土地を奪い、漁民から海を奪い、全ての住民に生活破壊を与え、女性をサービス業へと追い込め、「買」春観光を強いられる沖縄人民の苦悩を。日本軍=自衛隊の強行上陸とともに、日米共同演習、軍事基地は強化され、一方で全軍労の大量不当解雇攻撃を集中的に行なっていることを。お前が「名誉総裁」として先頭になっている海洋博こそ、七二年「返還」攻撃の最後にして最大の攻撃として、我々ははっきりと見ぬき反撃する。沖縄から沖縄人をたたき出し、沖縄を「基地とCTS・コンビナートと『買』春観光」の島へと大改造せんとするものこそ海洋博そのものなのだ。我々は、天皇制、天皇制イデオロギーをふりかざし、最先頭で沖縄へ上陸せんとするお前を絶対に許さないし、海洋博を絶対に粉砕する。
 皇太子−天皇一族の沖縄上陸は、日帝の一貫した沖縄差別支配とその集中環たる沖縄戦の責任を隠ペイ、清算せんとするものであり沖縄戦を「聖戦」化し、沖縄戦「戦没者」を英霊化せんとするものである。更に、海洋博攻撃の中で「沖縄的なもの」「海洋性・進取性」をあおりたて、釣魚台収奪を軸に、天皇制、天皇制イデオロギーを全面開化させながら、沖縄人を再び侵略反革命戦争へと動員せんとするものである。
 だが、沖縄人民は、「復帰」後、植樹祭・若夏国体と、相次ぐ天皇の沖縄上陸策動を粉砕した。そして、海洋博・皇太子上陸攻撃を前にした今年の「5・15」は、沖縄処分糾弾≠ニして沖縄人民の怒りは大爆発した。まさに、今、三たび沖縄は天皇と天皇制に対する怒りの島として大爆発している。
 「天皇、皇太子が今さら何をしにくる」「30年間何をしていたんだ」「日本軍(皇軍)から壕を追い出され、食料を奪われた」と住民は怒りを爆発させている。スパイ容疑で虐殺したこと、朝鮮人民を軍夫、慰安婦として強制連行し、あげくの果てに生き埋めにしたこと、赤ん坊がうるさいと、カンパンやチリ紙、あるいは注射で虐殺したこと等々、沖縄人民は今なおこのことをはっきりと脳裡にたたきつけ、戦犯天皇(一族)に対する怒り、糾弾を脈々ともち続けているのだ。
 六・一八、沖縄人による海洋博粉砕∞皇太子くるな∞戦犯天皇糾弾≠ニいった摩文仁ケ丘(原文ママ「摩文仁ヶ丘」の誤りか)糾弾闘争は、沖縄人民の怒りをはっきりと示している。我々は、この糾弾闘争の意義をはっきりとふまえ、断固支持、連帯していかねばならない。
 同時に、我々は、日本階級闘争の排外主義的腐敗が沖縄人民に孤立を強いた歴史を痛苦にふまえ、沖縄人民の戦犯天皇(一族)糾弾の斗い、軍事基地撤去、差別軍事支配打破の斗いに何としても連帯しきり、血債にかけて決起しなければならない。
 ベトナム・カンボジア人民の歴史的勝利は日米両帝国主義を決定的に追いつめた。絶望的危機に瀕した日本帝国主義者は、朴反共軍事独裁政権のテコ入れを通じ、朝鮮植民地化攻撃を強めている。そして、天皇一族の沖縄上陸、訪米をもって、沖縄の反革命的統合をなしきり、日米安保反革命同盟を軸とした侵略反革命戦争体制を一挙的になさんと策動している。
 だが、ベトナム・カンボジア人民、朝鮮人民、沖縄人民の斗いに規定され、現下の階級情勢はますます帝国主義者を追いつめているのだ。だからこそ日帝は、日本プロレタリア人民の天皇制イデオロギー=民族排外主義への屈服と侵略反革命戦争への動員をなさんが為、国内支配の暴力的・強権的支配=ボナパ反革命へと推展せんとしているのである。同時に、「上からの内乱」攻撃を強化し、「過激派キャンペーン」をはりめぐらし、アパート・ローラー、全国指名手配、デッチ上げ弾圧という革命派壊滅攻撃に出ている。
 我々は、ベトナム・カンボジア人民、朝鮮人民、沖縄人民の不屈の斗いをはっきりと受け止め、日帝のボナパ反革命攻撃、侵略反革命と全面的に対決し、勝利しぬく。
 今、我々には、海洋博粉砕、皇太子−天皇(一族)沖縄上陸絶対阻止の斗いが決定的に問われている。まさにこの闘いこそ、革命的左翼の十余年の歴史と、「安保−沖縄決戦」の革命的継承をかけた闘いであり、日本階級闘争の排外主義的歴史への自己批判をかけた闘いである。ブンド建設十八年余の苦闘を受け継ぎ、大和の四百年にわたる沖縄差別支配の痛苦な自己批判をふまえ、今、沖縄人民、沖縄解放同盟(準)と固く連帯し、断固として皇太子糾弾闘争に決起する。
 海洋博攻撃を通じ、沖縄人民を再び侵略反革命戦争に狩りたてんとする皇太子アキヒトよ!今こそ、日本−沖縄プロレタリア人民の共同の階級的制裁を受けよ!
 アジア侵略を積極的に推進し、アジア人民を虐殺し、沖縄戦に於いては二十数万人の沖縄人、朝鮮人を虐殺した張本人=天皇ヒロヒトよ!日米安保反革命同盟の絶望的延命をはからんとする今秋訪米もまた決して許しはしない。皇太子アキヒトの比ではないことを胆に命じておけ!!
   沖縄解放−安保粉砕−日帝打倒・米帝放逐
      一九七五、七、一七



posted by Front@管理人 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ひめゆりの塔事件等 一次資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

白銀病院事件 沖解同(準)本部 白銀決死隊員の声明 【ひめゆりの塔事件等 一次資料】

沖縄解放同盟(準)本部,海洋博粉砕沖縄−「本土」共闘,『皇太子アキヒト沖縄上陸決死阻止 七・一七、姫百合・白銀決死隊糾弾状』pp.5-9より転載

皇太子アキヒトよ! 沖縄人の熱い怒りの炎を身をもって思いしれ!
沖解同(準)本部白銀決死隊員 ****  


 マブニ参拝、海洋博出席を企む皇太子アキヒト・戦犯天皇ヒロヒトに告ぐ。
 わが沖解同(準)と沖縄人としての自覚を忘れぬ全ての沖縄人は皇太子アキヒトの沖縄上陸、マブニ参拝を断じて許しはしない
 皇太子アキヒトよ、沖縄人虐殺の張本人たる天皇ヒロヒトよ。
 今こそ沖縄人の四百年にわたる大和への怒りを思い知るがよい。
 サツマ侵略以来、四百年になんなんとする大和による沖縄への差別的抑圧、植民地支配は、天皇の軍隊をもってする強権的な大和への併合たる琉球処分とそれに続く差別=同化攻撃、徹底した皇民化教育によって、去る沖縄戦において「本土」防衛の捨て石として二十余万の死者を出すという筆舌につくしがたい苦痛を沖縄人に強制した。
 まさに沖縄人にとって、大和の支配、就中明治以降の天皇制下の支配と同化−皇民化攻撃は「方言ぼく滅運動」に端的に示される様に、全く屈辱的なものとしてあった。その支配の結果は、「本土」防衛のタテとしての沖縄戦として沖縄人に破滅と死を強制したのである。
 更に敗戦後に至っては、国体護持=天皇制温存、「本土」復興の代償としての米帝への売りわたしと米軍政の下での人権をも無視した軍事支配下の生活を強制してきたのみならず、六五年日「韓」条約をもってする朝鮮植民地化攻撃と時を同じくする佐藤の訪沖も如実に示される如く、アジアへの侵略反革命へ向けた日帝の利害にもとづいて、沖縄人民を全く無視して軍事基地強化、ベトナム前線基地化を推進し、更なるアジアへの侵略反革命戦争体制へ沖縄を組みこまんと画策しはじめたのである。
 戦後一貫して沖縄を体制的革命と戦後復興のとりひきに利用してきた日帝は、今また日米安保のアジア核安保としての強化の為、全く沖縄人の要求を無視し、圧殺した七二年「返還」=復帰を強制し、「返還」攻撃の政治的・経済的・社会的総決着を海洋博による沖縄大改造=総破壊として進行し、同時に戦犯天皇ヒロヒトの沖縄上陸をもって沖縄戦を清算して七二年「返還」=復帰の承認をとりつけんとしており、その手はじめに皇太子アキヒトの沖縄上陸とマブニ参拝を何がなんでも強行しょう(原文ママ)としている。
 だが、しかし、皇太子アキヒトよ、天皇ヒロヒトよ。
 沖縄人の心の中に四百年にわたって蓄積されたヤマトへの怒りは、どのような手段をもってしても消し去ることは出きない。
 にえたぎる怒りは皇太子上陸と海洋博の喧騒の中でますます燃えあがろうとしていることを胆に銘じておくがよい。
 確かに復帰運動にかけた沖縄人の自己解放へと歪曲されていったにせよ、七二年「返還」=復帰は沖縄の矛盾を深めこそすれ、解決しておらず、更に海洋博下の沖縄にあらゆる矛盾が集中されようとしている現在、沖縄人の忍耐にも限度があろうというものである。
 沖縄上陸を強行せんとしている皇太子アキヒトよ。
 どのような弾圧体制をもってしても、右翼を何千人動員しようとも沖縄人の闘う意思をくじくことはできないことを、沖縄人を一人残らずマッ殺せぬ限り、この沖縄の地には天皇・皇太子の安息の地は一寸もないことを思いしるがよい。
 天皇ヒロヒトよ。自らの延命の為、沖縄人二〇余万を虐殺した沖縄戦の血債はいまだ清算されてはいないのだ。
 「戦後三〇年間、ほったらかしておいて、今さら何をしにくるのだ」という沖縄戦を生きのびた老農夫の怒りの声をきけ。
 沖縄戦の責任は皇太子の空戻(原文ママ「空涙」の誤りか)やペテン的言辞で清算できるものではないのである。
 天皇・皇太子のマブニ参拝こそ沖縄戦の清算をねらったものであり、我々沖縄人は断じて天皇・皇太子のマブニ参拝を許さずあくまで闘うことを宣言する。
 そしてまた、天皇の戦争責任をあいまいにし、「象徴」天皇制を温存し、そのことによって自らの戦争責任をあいまいにしてきた大和人の無責任・無自覚こそ、日帝の沖縄支配、朝鮮、中国アジアへの侵略を支えているのであり、その反省ぬきにのうのうと「同じ日本人だから」「復帰した日本の領土=沖縄県」に海洋博観光客としてたちあらわれる大和人こそ日帝の尖兵−抑圧者であり、我々沖縄人はこのような大和人を徹底的に糾弾する。
 そもそも我々、沖縄人は日帝の差別支配を決して容認することはできないのであり、だからして新たな差別軍事支配を(原文ママ)しか意味しない七二年「返還」=復帰を認めることは断じてできない。
 まさに七二年「返還」=復帰とその総清算としてある海洋博こそは、沖縄の産業と自然、生活を総破壊し、人心を荒廃させている元兇であり、更に沖縄人を大和へとたたき出したうえ沖縄差別の下で安価にこき使うという現代のソテツ地獄の再編をねらったものであるからである。
 二・四ゼネストの破壊を手はじめに近年、ますます日帝の尖兵として反動的に自らを純化している屋良。
 海洋博−CTSを三井、三菱という二大ヤマト資本の尖兵として推進し、その番頭として私腹を肥やしている宮里。
 そして在ヤマト沖縄人同朋をふみ台にして大和人にとりいり、その手先として沖縄を大和に売りわたしてきた大浜。
 これら沖縄人内の反動分子共が、沖縄人のほこりさえ失ない、同化主義者=復帰主義者としてたちふるまい、右翼天皇主義者として自らの階級性を鮮明にした現在、沖縄人の沖縄解放へ向けた正義の闘いは、これら右翼反動分子の存在もまた決して許すことができない。
 同時に屋良−宮里の忠実な支持者であり、屋良ヨーゴの為に常に沖縄人民の利益を日帝に売りわたし、闘いの圧殺者としてふるまってきた社会党−共産党の皇太子上陸阻止闘争に対する対応を見よ!
 沖縄解放闘争の革命的、暴力的発展とその対極に生み出された反革命−右翼に恐怖したこれら日和見主義者共は隠然、公然たるサボタージュによって闘いの圧殺、解体に必死になっている。
 今こそ我々は、皇太子上陸阻止闘争の圧殺の為に白色テロルを開始した右翼反革命とそれに恐怖してすくみあがり、公然と逃亡と敵対をはじめ日和見主義者共を沖縄解放闘争の場から断固として放逐してやらねばならない!
 今や、反ヤマト、反海洋博、反天皇の戦闘は、わが沖解同(準)を先頭とする皇太子アキヒトに対する決死糾弾の闘いとして開始されたのである。
 マブニケ丘(原文ママ「マブニヶ丘」の誤りか)糾弾闘争、故船本氏の焼身抗議自殺という闘いを伴いつつ、海洋博と天皇・皇太子上陸に対する闘いは革命と反革命、革命派と日和見主義、右翼反革命との激烈な闘いに発展しつつある。
 海洋博粉砕、皇太子上陸阻止−海洋博決戦に対する態度こそ革命と反革命、革命派と日和見主義を分かつ分水嶺となっている。
 七二年「返還」=復帰に対する沖縄人の怒りは三年目の五・一五闘争において市街戦として大爆発した。
 沖縄人の闘いは、反海洋博、反CTS、反基地闘争として、ますます拡大しており、皇太子アキヒトの強権的な沖縄上陸によって今沖縄人民の怒りはその頂点に達しようとしている。
 天皇ヒロヒトよ、皇太子アキヒトよ!
 沖縄人の熱い怒りの炎を、大和では忘れ去られた天皇糾弾の嵐を、身をもって思いしるがよい。
 わが沖解同(準)は、わが故郷、わが祖父母の地たる沖縄を守り、大和人、天皇・皇太子のジュウリンを絶対阻止する闘いの最先頭にたつ。
 海洋博に名をかりた沖縄占拠を許すな!
 日本への同化を拒否し、中国、朝鮮、アジア人民と連帯せよ!
 侵略の尖兵たることを拒否し、沖縄解放闘争に勝利せよ!
 海洋博粉砕!皇太子上陸阻止−海洋博決戦勝利!
 すべての沖縄人は沖解同(準)に結集し、海洋博粉砕!沖縄解放闘争に決起せよ!

    一九七五年七月一七日

posted by Front@管理人 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ひめゆりの塔事件等 一次資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひめゆりの塔事件 「本土」青年(戦旗派)姫百合決死隊員の声明 【ひめゆりの塔事件等 一次資料】

沖縄解放同盟(準)本部,海洋博粉砕沖縄−「本土」共闘,『皇太子アキヒト沖縄上陸決死阻止 七・一七、姫百合・白銀決死隊糾弾状』pp.13-16より転載

沖解同と連帯して沖縄人民に対する歴史的血債をかけ斗う
「本土」青年(戦旗派)姫百合決死隊員 ** *


 皇太子アキヒト!
 沖縄人民の糾弾の声を聞け!
 沖縄を解放せんとする全ての闘う仲間達の糾弾の声を聞け!
 大和−日帝より四百年に及ぶ「差別・抑圧同化」攻撃の歴史は、皇太子アキヒト−天皇一族が一度「ひめゆりの塔」に参拝したからといって精算出来るものではない。
 薩摩−島津藩の武力介入は、沖縄人民から武器を奪い、生活手段を奪い、あげくのはては重労働と人間として生きる権利すら奪い去る徹底した差別支配を行なった。
 更に明治政府による琉球処分≠ヘ、差別同化支配の徹底化としてあった。
 皇太子アキヒトよ!
 差別同化支配の意味が理解出来るか。
 沖縄語撲滅を唱い、沖縄語を使用した生徒が教師になぐられていく沖縄人民の無念さを理解出来るか。
 同化教育、皇民化教育とは、暴力にあぐらをかく大和人−天皇によってなされたことは皇太子アキヒト貴様が最っともよく知っているはずだ。
 こうして沖縄戦における沖縄人民十数万人の虐殺が準備されたのだ。
 皇太子アキヒトよ!
 日本軍が沖縄人民を虐殺したことを忘れたのか、米軍と同様に、いやそれ以上に残酷に沖縄人民を殺したのは日本軍なのだ。
 このことが一切語られず歴史のクズ箱に捨て去られ「戦争だから」の一語で語ろうとする天皇一族、大和人は絶対に許されはしない。
 皇太子アキヒトよ!
 歴史的事実はこうなのだ。沖縄の子供達の食料を奪い、泣けば敵に発見されるからと言って殺し、しかも母親の見ている前で、両足を持ち壁に頭を打ちつけ殺ろしたこと。
 集団自決を強要され部落のほとんどの人々が死んだこと。盾にされ「捨て石」とされ十数万人の人々が命を奪われたこと。この歴史的事実をたった一度沖縄に来ることで清算せんとする姑息な目論見は、既に沖縄人民には見抜かれているのだ。
 そして大和人としての我々は、我々自身が抑圧者であり差別者であったことの自覚と自己批判を実践的な闘いをもって表現する。
 皇太子アキヒトよ!
 我々斗う大和人も歴史的に大きな誤りを犯したことを自覚し、沖縄人民に対する歴史的負債を血債にかけ皇太子アキヒトを糾弾する。
 皇太子アキヒトよく聞け!
 貴様の沖縄上陸とは、日本帝国主義による沖縄差別同化支配、沖縄戦の清算、責任の陰幣(原文ママ 隠蔽の異字らしい)を計らんとするものである。
 更に米帝の軍事支配を陰幣(原文ママ)しつつ沖縄戦の聖戦化、沖縄戦「戦没者」の英霊化を計り、再びアジアへ向けた侵略反革命戦争への動員を目論んでいるのだ。
 これらの攻撃が更に重層的になり、沖縄人民の斗いの圧殺を狙い沖縄基地の強化、日米安保反革命同盟をもって日米両帝国主義の前線基地=不沈空母として沖縄を形成せんとし沖縄人民を天皇の名の下に侵略反革命戦争の尖兵としようとしていることである。
 我々は、この日本帝国主義の攻撃を粉砕すると同時に、皇太子アキヒトを糾弾する。
 皇太子アキヒト!
 沖縄人民の闘いは不屈であり着実に前進しているぞ!
 七二年植樹祭、七三年若夏国体の時何が起きたのか忘れはしないだろう。
 天皇ヒロヒトの沖縄上陸が完全に阻止されたのだ。沖縄人民の血の歴史は、沖縄人民の苦闘の歴史であり、沖縄人民は、斗いの中から歴史を作ってきたのだ。
 皇太子アキヒトよ!
 沖縄「返還」後三年を経基地と「買春」と石油コンビナート≠フ島として大改造されんとしていること、そしてその基軸こそ海洋博と沖縄振興開発計画であることを知っているのか、今なお「買春」をしなければならない沖縄の女性達がいること、大量の失業者、沖縄の自然の破壊が進行し、沖縄人民に対して一層の差別軍事支配を強化していることを一度たりとも考えたことがあるのか。
 皇太子アキヒト!
 くり返して述べる。
 沖縄「返還」後三年を経て何が変わった。基地は増々強化され、日本帝国主義軍隊=自衛隊は沖縄に派兵され日米共同軍事行動としてアジア侵略反革命を狙っている。
 日本「本土」の独占資本が進出し沖縄人民を喰い物にし、自然を破壊し、生きる権利すら奪っているではないか、全軍労の大量首切り沖縄人民を沖縄からたたき出さんとする「沖縄振興開発計画」、石油コンビナート、「買春」しかし沖縄人民は屈服せず闘いに決起している。
どれ程の沖縄人民が「皇太子来沖に反対」しているかわかるか。
 皇太子アキヒト!
 沖縄人民は貴様を絶対に許しはしない。
 なぜだか理解出来るか。
 天皇・天皇一族こそ悪の根元であり、支配者、抑圧者であったからだ。
 歴史的に天皇制絶対主義が形成過程から侵略を策し(その明確な証拠こそ「琉球処分」なのだ)日本帝国主義形成の重要な軸を担った天皇制であればこそ、最大の差別者、抑圧者で我々にとっては打倒の対象でしかないのだ。
 我々は、大和人としての闘いを沖縄人民の沖縄解放闘争に連帯し皇太子上陸絶対阻止!
  海洋博粉砕に決起する!
 沖縄人民に対する歴史的負債を血債にかけ不眠不休で闘う沖縄人民と共に突き進む!!
 海洋博粉砕!! 皇太子来沖阻止!!
     一九七五年七月一七日

posted by Front@管理人 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ひめゆりの塔事件等 一次資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひめゆりの塔事件 沖解同(準)本部 姫百合決死隊員の声明 【ひめゆりの塔事件等 一次資料】

沖縄解放同盟(準)本部,海洋博粉砕沖縄−「本土」共闘,『皇太子アキヒト沖縄上陸決死阻止 七・一七、姫百合・白銀決死隊糾弾状』pp.4-5より転載

皇太子アキヒトの沖縄上陸を決死阻止する
沖解同(準)本部姫百合決死隊員 ** *


 ついに我々の怨念を満身の怒りをもって爆発させる日がやってきた。恨みつらみの一切を戦犯天皇一族に叩きつける事ができるのだ。
 沖縄−「本土」の同朋の諸君、今日という日を我々は何と待ちこがれたことか。みてもみよ、皇太子アキヒトの恐怖にみちた顔を。右翼、天皇主義者のあわてふためく姿を。「皇居」の片すみで青ざめている戦犯天皇ヒロヒトを。いかなる弾圧と警備体制があろうとも、沖縄人民の怒りは天皇制・天皇制イデオロギー攻撃に屈服する「醜い大和人」のノドを突き刺し、日帝−三木の背骨もろとも戦犯天皇一族の鼻をへし折る事は可能である事がはっきりした。
 沖縄人はサツマ侵略以来すべてを奪われてきた。明治政府の同化−皇民化攻撃においては虫ケラ同然の屈辱的生活を強いられ、第二次侵略戦争においてはアジア人民虐殺の尖兵としてしたてられてきた。敵から守ってやるといったはずの友軍たる日本軍は、沖縄人を「天皇のために死ね」と恫喝をくりかえし、住民を壕から追い出し、赤ん坊までもスパイ呼ばわりして二十数万の命を奪ってきた。それは天皇制の象徴天皇制としての延命と、引きかえに「本土」と「本土」人民の安住が保障された沖縄戦の本質であった。しかしそれは過去の事ではない。七二年五・一五「返還」攻撃過程の最後にして最大の攻撃たる海洋博は、「沖縄経済の起爆剤」と称して沖縄の全て破壊し奪い尽くさんとし、大和人に忠誠を誓う沖縄人をつくり出さんとしている。しかしながら決死隊を最先頭にした今日の闘いでその狙いは見事にクサビを打ちこまれたといえよう。
 流された血は血であがなわれなければならない。沖縄戦における同朋の血で染まる摩文仁が丘は沖縄人の手に奪いかえさなければならない。そうであるがゆえに今日の闘いは大成功をおさめたのだ。
 沖縄の兄弟、姉妹達。
 更に大胆に闘いを展開しょう(原文ママ)。摩文仁が丘決戦の勝利を海洋博爆砕へ向け進撃しょう(原文ママ)。闘うアジアの、朝鮮、中国人民との連帯、血債をかけた闘いとはまさしくこの闘いである。天皇制、天皇制イデオロギー攻撃に対する闘いとは糾弾を突破した闘いへ突き進む事は今鮮明となった。勝利の日まで必死に闘い抜け。共に奮闘せん。

皇太子沖縄上陸決死阻止、海洋博粉砕
大日本民族主義粉砕、沖縄解放

闘う沖縄青年は団結せよ!
  一九七五年七月十七日
posted by Front@管理人 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ひめゆりの塔事件等 一次資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1974年03月01日

9・14−15弾圧をはねのけ闘い抜く為に大量の資金カンパを要請する


1973年9月14〜15日の深夜に革マル派は神奈川大学に武装夜襲をかけた。
翌74年2月26日以降に解放派側によって公表された文書を公開する。

9・14−15弾圧をはねのけ闘い抜く為に大量の資金カンパを要請する
9・14−15弾圧対策本部
革命的労働者協会弾対部
日本社会主義青年同盟弾対部
全日本学生自治会総連合弾対部
全国反帝学生評議会連合弾対部
神奈川大学全学反弾圧共闘会議


全ての労働者、学生、闘う市民の皆さん!
 去る一月二十日未明、国家権力ー神奈川県警は三百名の機動隊、私服警官を総動員して神奈川大学宮面寮へ乱入し、おの、ハンマー、チェンソー等を使ってドアを破り、寮生に対して暴虐の限りを尽して八名の学友を不当に逮捕した。更に二月四日には二名、二月十三日にも二名、二月二十五日に一名を同じく逮捕し、二月二十六日には北条秀輝全学連委員長を始め五名の指導的学友を指名手配するという大弾圧をかけて来ている。
 既に周知の通り、これは昨年九月十四日−十五日未明にかけ横須賀ミッドウェー寄港阻止闘争を準備する為に神奈川大学に泊り込んでいた全学連・反帝学評の学友に夜襲をかけた宗派革マル学生のうち二名が死んだ事を口実としたものである。
 権力の弾圧は、七〇年安保阻止闘争や連合赤軍事件を通して階級的革命的学生運動、労働者運動を「国民の敵」と称し「過激派絶滅」を国民運動≠ニして組織化し「彼等には人権などない」とキャンペーンしながらエスカレートして来たのである。更に今日では、解放をめざし国家権力、資本家階級と闘い勝利してゆく過程で避けて通る事の出来ない社共人民戦線や宗派との対決=止揚の闘いに直接介入し、これを口実として利用して「殺人者集団に転落した過激派」とキャンペーンしつつ大量逮捕と重罪適用によって一気に運動と組織の解体を策しているのである。
 逮捕は全て見込み、別件、デッチ上げであり、取り調べは早朝から深夜二時三時に及び、弁護士の接見も「指定書」攻撃で妨害され、差し入れも本人の目の前で踏みつぶしたりして妨害されたのである。革命的階級的学生運動の拠点神奈川大に対しては「暴力団も住んでいた」 (2/16毎日朝刊)等と犯罪者解放運動を誹謗中傷し「神大は悪の巣である」と最大級の悪罵を投げつけてナントカ「国民」の反感を醸成せんと必死になっているのである。
 我々は労働監獄の打ち固めに対決し、教育の帝国主義的再編に反対して闘う労働者、学生の正当な闘いを抑圧し、弾圧する権力の攻撃が陰謀や事件自体のデッチ上げをもってある段階にあることを訴え、全人民的な反撃を準備し組織し爆発させていかねばならない。
 国家権力の弾圧に対決してゆく広汎な戦線が形成されんとしている時、これまで「権力の革命的利用」等と称して権力とゆ着し利敵行為、通敵行為を繰り返してきた宗派革マルは、積極的に取り調べに応じ又は情報提供し、ブルジョア商業新聞のデマに依拠した上で反帝学評と暴力団と権力は結びついている等と恥知らずに言いふらし宗派の本性が極まる腐敗と堕落に陥込んでいる。これは破防法弁護団襲撃事件と共に大衆的に糾弾されねばならず、彼等を全ての労働者学生人民の包囲網で一層孤立させ解体=止揚してゆかねばならぬ事を突きつけている。
 革命的労働者運動と共に歩む階級的革命的学生運動の拠点をつぶし、その組織と運動を解体に追いやり、それを担う指導的メンバーを理由もなく重罪でデッチ上げ逮捕せんとする権力の大弾圧、それと相呼応して破産した自己の政治主義的延命を策する宗派革マルを共に粉砕して闘い抜こう!
 これまでの闘いの教訓化の上に強力な闘いを決意している我々は、事態の重大性緊急性にかんがみ、全ての労働者、学生、市民の皆さんに、この大弾圧をはねかえす為の全ゆる精神的物質的財政的支援を要請したい。
 全ての労働者、学生、市民の皆さん!
 出来るだけ多くの資金カンパを集中して下さる様お願いします。

《カンパ送り先》
 ◎東京都渋谷区道玄坂二ー十八美樹ビル内 青華社気付
   「九・一四ー一五弾圧対策本部」
    TEL〇三−***−****
    振替 東京******
 ◎神奈川県横浜市神奈川区六角橋 神大宮面寮内
   神大全学反弾圧共闘会議
    TEL O四五−***−****



実物写真(クリックしてリンク先を見ると大きな写真を見ることができます。)

9・14−15弾圧をはねのけ闘い抜く為に大量の資金カンパを要請する 縮小版.jpg





posted by Front@管理人 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 革労協 一次資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。