1974年01月27日

マルクス主義青年同盟(準)結成声明――青年同盟結成=旧解放委員会・旧レーニン研究会の組織合体=の意義について――

マルクス主義青年同盟(準)政治理論機関誌『共産青年』創刊号(1974.1.27付)2-6頁より転載

マルクス主義青年同盟(準)結成声明
――青年同盟結成=旧解放委員会・旧レーニン研究会の組織合体=の意義について――


 マルクス主義青年同盟(準)の結成―それに先だつ旧解放委と旧レーニン研の組織合体―には、階級闘争―歴史発展上の根拠がある。青年同盟(準)は、決して階級闘争の発展と無縁な、主観主義者の恣意的な行動の単純な結果として生じたものなどではない。それは、何よりも革命的左翼の、階級闘争の深化・発展が要請したこと、言ってみれば時代が投げかけた問い≠ノ真剣に、実践的に回答を出そうと云う陣痛の苦しみの中からこそ生み出されたものである。
 我々は、日本階級闘争と日本における時代の要請≠ノ答えるべく奪闘している真摯なるマルクス主義者―党派、そして日々帝国主義の圧政に抗して闘い続けている労働者・勤労人民、革命的青年学生たちにとっての合体―結成の意義とは何かを明らかにしたいと考えている。意義の共有化の責任を果すべきだと考えている。
 結論的に言えば、合体―結成の意義は、大略して以下の三つの点
に集約することができると考えている。
 すなわち、合体―結成は、
一、分裂の歴史から団結の歴史への、現実的には小さな一歩、しかかしながら(原文ママ)思想的には巨大な一歩前進であること。
二、階級闘争―歴史発展の象徴的な、しかしながら揺ぎない内実をもった一つの帰結であること。
三、日本における真の単一の前衛党建設へむけての一定の灯―特に党と人民にとっての暗黒の時代を小さいながら輝し出す灯を創出したこと。
である。これらの集約的見解に踏まえて、分裂の歴史への分析を中心として総括的に、合体―結成の意義について述べてみたいと思う。
 敗戦後、日本のマルクス主義者は、その主観的苦闘にもかかわらず、客観的には、労働者・勤労人民の自己解放のための組織と運動を分裂させつづけねばならないと云う歴史―自己矛盾の過程―を歩んできた。その結果、敗戦後二八年経た現在、労働者階級の「前衛」を名乗るマルクス主義政治組織―党派が数え切れぬほど存在することとなり、日本階級闘争の前進に、常に一種の混乱を持ち込む主体的要因となってきた。
 日本階級闘争は、敗戦後から高揚と低滞(原文ママ)を数回にわたって繰り返し、現在、世界的規模での資本主義の下部構造における矛盾の激化に規定された日本帝国主義の危機の深刻化にともなって、新たな高揚期に突入している。それは、階級対立の非和解性が、日帝のそれを包み隠そうと云う懸命な努力にもかかわらず至るところで憤出してくると云う性質をもったものであると云う意味において、まさに高揚期の内実を持つものである。その軸は、労働運動が、そして農・漁民―勤労人民の闘いが、部落解放運動が形成している。そして、さらにこの軸に学生・高校生の運動が糾合しつつある。
この日本階級闘争の新たな昂まりに、分裂の歴史の結果としての諸党派の苦闘が、主要ではないまでも何らかの形で貢献していることは疑いないことである。注1
  注1 この意味からすれば、分裂も日本階級闘争の前進にある種の活性的条件を与えていると分析し得るであろう。
 だが、階級闘争―歴史(その哲学としての唯物史観―弁証法的唯物論)発展のダイナミズムは、日本的分裂に関する分析を、このような側面においてのみ把握することに警鐘を鳴らしている。何故なら分裂が生み出した諸要素が、今や、日本階級闘争の革命的現実へのさらなる一歩前進にとっての桎梏となってきているからである。そして、その諸要素とは以下のものである。
@ 日帝の下部構造からの危機の進行による革命の客観的条件の成熟がますますハッキリしつつある中で、日本階級闘争に対する「前衛党」の、より系統的・計画的、全般的・組織的な強固な指導性が必要不可欠なものとなっているにもかかわらず、分裂は指導的核心部隊を切り縮めることによって―当然にもこれは生産点・地域・学園における運動に反映する―その主体的条件を自ら押しのけていること。注2
  注2 それ以前の革命とは異なり、プロレタリア革命(当然、ロシア革命以降の民族解放―社会主義革命も含んでいる)は、階級闘争の自然成長の単純な結果として成功することはなく、労働者階級の内部に深く深く押し込められているそれまでの人類社会を本質的に止揚する物質的・精神的力量を引き出し、結実させると云う意識性―この組織的表現としてあるのが前衛党である―による主体的条件の指導が不可欠である。言ってみれば、プロレタリア革命とは、客観的条件と主体的条件の充分な結合なくしては不可能なのである。
A 本来ならば成長の泉≠スるべき党派闘争が、極端な暴力的形態をとることによって人民内部の矛盾を正しく処理する機能を失ない、諸党派間の党的相互止揚の契機たり得なくなっていること。同時に、このことの深い思想的影響が暴力一般にまで及び、多数の活動家を、革命における暴力の問題に対するマルクス主義の厳密な立場を右と「左」に不断に溶解させる堕落≠オた思想に引きずり込んでしまっていること。
B 下部構造から進行しつつある危機を乗り切るために日帝は、ますます「分裂させて支配する」と云う陰謀的階級政策への依存度を強めており、分裂はこの支配の論理の強化の恰好の客観的条件とされていること。―フレームアップやキャンペーンが、暴力≠ニ分裂≠ノ集中されていることを見よ―
C 日本階級闘争にますます重要な役割を果すようになってきた多数の無党派活動家に、分裂にともなう多側面にわたる不毛性が悪影響を及ぼし、それが補導の強化≠フ名においてなされるために、彼らの間に指導一般≠ノ対する抜きがたい不信感を与え、孤立主義・無政府主義的傾向を助長させていること。

 ところで、この分裂の歴史の主要な担い手は、いわゆる「革命的左翼」である。そして、革命的左翼こそは、五〇年代後半以降「日本共産党」が現代修正主義の党へと純化していくことと最も真剣に闘い、マルクス・レーニン主義の旗を掲げて革命的大衆運動を闘い、それを支えてきた活動家集団だったのである。他のどのような部隊よりも日本階級闘争の最前線において苦闘してきた主体である彼らは、他の誰よりも血塗られている。だが、この血は闘争の歴史と不可分なものであり、その意味で彼らは、矢張、五〇年代後半以降の闘いの最艮の成果である。最艮の成果が、分裂の歴史を同時に刻印し、新たな高揚期への突入にともなって桎梏物へと転化しつつあるということ、ここに日本階級闘争がもつ深刻な事態があるのである。革命的左翼の主要な傾向は未だに分裂≠ナある。だが、最も良く闘う者、最も良く実践から学ぶ者は、七〇年代に入ってから時代の
発展が闘う主体に何を要求しているのか少しずつ理解し始めた。このように階級闘争の発展の素朴な結果として生みだされた部分は、なお余勢を駆って突き進む分裂の潮流に押し流されながらも敢然とそれに逆らい少しずつ新しい潮流として日本階級闘争に根を張りつつある。注3
  注3 連合赤軍は、この潮流の初めの具体的表現であった。そして、彼らは時代の要求に未分化(素朴な結果として生みだされた部分が、もたざるを得なかった特徴である)なまま対応することによって分裂の潮流に抗し切れず押し流されてしまい、後に続くものに、党の思想建設と組織論(軍事問題を含む)、運動論上の欠陥をあの衝撃な崩壊の中で激烈に輝し出すことによって、未分化の内容が何であるのかを明らかにした。連赤の粛清事件が、日本階級闘争の深刻な矛盾の内容を端的に証明している。
 青年同盟(準)の組織母体である旧解放委と旧レーニン研は、革命的左翼の隊列下にあった党派であり、分裂の歴史の申し子である活動家たちによって組織されていた党派である。そして、旧解放委は旧ML同盟の「整風運動」が勝利し得ぬままに瓦解していく中でML派の最も戦闘的分子を中心とした、さらなる整風運動の推進の過程で形成され、旧レーニン研は関西の地から諸党派の指導がマルクス主義的指導の内実をもった指導たり得ない状況下で京大闘争、三里塚闘争、沖縄闘争を革命的大衆運動として闘い抜く苦闘の中から形成された党派である。従って、我々は革命的方翼諸党派の誰もが受けている血の洗礼を同じように受けており、同時にその洗礼の痛み―分裂の歴史の不毛性を思い知らされてもいた。我々の党派活動は、この出発点において我々に刻印されたものとの闘いなしでは有り得なかった。従って、我々の闘いとは、とりもなおさず以下のような
ものでなければならなかった。
 @実践の混乱―分裂の歴史をもたらしている―の真只中から、この実践の混乱の克服を追求するぺきであって、この現実から昇天したり、それを自己とは無縁のものとして外在化することは許されないこと。Aどんなに小さな運動から出発するにしても左翼反対派の立場に陥いらないことを自己に課し、あらゆる運動の中で大胆に共産主義を組織し帝国主義の要塞の「正規の攻囲の陣型」構築を目指すこと。B徹底した大衆路線にもとづく大衆運動の創出を前提とした「指導」の健全たる回復―指導を指導たらしめると云うこと―を追求し、新たな建党路線―団結の道すじを明らかにし、この過程においてトロツキズム・反スタ「マルクス主義」を克服すること。―日共―現代修正主義の党は粉砕の対象である。C以上の各点に規定されることを前提として、闘いの中で指導(部)の堅実な集中を一歩一歩確実になしとげること。注4
  注4 すでに分析してきたように日本にはマルクス主義政治組織―党派が数え切れぬほど存在しており、それらがそれぞれ単一の前衛党をめざしている。この現実を承認できず、この現実から党建設の道すじを追求しないものは、必らず白己絶対化と云う誤まりを犯し、かつ諸大衆運動―組織の絶対的系列化と云う謬論に陥るのである。建党路線における同心円的拡大論は小ブル急進主義の産物であり、観念論以外の何ものでもない。この立場からこそ党建設のヘゲモニー争いと、大衆運動とその組織の系列化争いを媒介として暴力的党派闘争が生み出されるのである。我々は、現実を承認し、かつ単一の真の前衛党を建設するために、革命的大衆運動への打ち込みを前提として、この中で批判と自己批判を貫徹する立場を確立し、党的相互止揚を通じて団結の必然性を相互に見出し得た部分と、綱領的立場・組織・戦術・階級的立場・作風の共有化を追求することによって指導の堅実な集中を一歩一歩確実になしとげることが必要だと考えている。
 以上の観点は、それぞれ別個な形成過程をもつ党派であるにもかかわらず、その総括―理論作業の中から、旧解放委、旧レーニン研が共に導き出したものである。それは、両組織の旧機関誌『解放通信』『ボルシェヴィズム通信』において鮮明に打ち出されている。
 この共通の観点を、具体的・実践的に相互に結びつけ、8・25共闘会議とその運動に結果し、それに先だつ建党の重要な環としての全国協議会に結集する媒介となったものが、他ならない連合赤軍事件であった。我々は、連赤事件直後の衝撃と混乱―全てのマルクス主義者、政治党派の階級的立場・思想的―路線的内実が根底から全人民の政治的に未分化な注視(良い意味でも悪い意味でも)のもとで洗い直されている時期に、相互に、相手が相対的に秀れた姿勢を堅持しているのを見出したのである。大多数の党派とマルクス主義者が、とりわけて全国的な組織的影響力を有する全国的政治機関紙を発行し得るような党派が、日帝がこの時とばかりに自己の自由にできる宣伝・煽動機関の全能力を傾けて展開した反連赤フレーム・アップとキャンペーン=これは、とりもなおさず暴力革命を主張する全ての部分に対して仕かけられた敵の側からの徹底した思想闘争の内実をもつものだったのだが=の前で、あわてふためいて自己の無実潔白を証明するべく(従って思想闘争などはじめから問題にならなかった)日共―現代修正主義の党ともども極めて低次元の連赤批判の大唱和を行っていた注5時、我々は他の余り多くはない党派、マルクス主義者とともに、このようなキャンペーン、フレームアップが敵階級のヘゲモニーになる思想闘争であることを見抜けないという浅薄な傾向と闘っていたのである。
  注5 それは、連赤事件を非常に乱暴に概括して路線問題一般の不充分性、誤りに帰着させるものであった。日共と革マルはこの立場の双壁であり、他の革労協や第四インター等も大同小異であった。連赤の無惨な敗北が、分裂の歴史の結果混迷している日本における建党問題、実践的混乱の克服、日帝国家権力をいかなる具体的方法で粉砕し、労働者・勤労人民をプロレタリア独裁の旗の下に結集させる道すじ―すなわち共産主義をどのように組織するのか、等々の問いとの死闘、まさに死闘との結果であることに少しでも気づいていたなら、せめてもう少し慎重な総括上の立場を―例えば黙示の挙に出た革共同中核派ぐらいの立場を守るべきではなかったのか!? 大唱和に参加し、敵の目論見にまんまと乗せられた革命的左翼と自称する諸君は、自己と日共の違いを必らず全人民の前に明らかにする必要がある。それは、日帝の危機が加速度的に進行する現在、なお一層緊要なこととして問われている。
 我々は、未だ大衆運動の、従って実践的検証を受けない段階ではあったが、連赤事件が投げかけたものを綱領的立場・組織・戦術、・階級的立場、作風と云う全面性から検討し、そして帝国王義の要塞の「正規の攻囲の陣型」を構築することを極めて目的意識的に追求する場として、他にも若干の党派、マルクス主義者を加えて全国協議会をもった。8・25共闘とその運動は、この我々の姿勢を大衆運動の烈火で検証する場として、文字通り、七二年八月二五日、世界革命と国際共産主義運動の現在における最前衛の闘いを担っているベトナム―インドシナ革命戦争に連帯し、サイゴン蜂起二七周年を記念することを出発点として結成された。そして、このことは当然のことながら、この運動に結集する者の思想的立場を一定の内容において規定した。それは、現在段階における世界革命と国際共産主義運動の最前衛を、中―朝―インドシナ三国人民の闘いに象徴され
る民族解放社会主義革命であることの承認、ひるがえって、そのことが今や帝国主義心臓部での革命闘争の大胆な前進を要求していることの確認、及び、日本革命運動の混迷を真の国際主義潮流の建設によって止揚すると云うことを、8・25共闘会議自体が全体としてハッキリと打ち出していたが故に、ロシア革命以降の世界革命における民族解放運動が持っている意味を頑迷に理解しようとしない反レーニン主義的な単純な先進国革命論者や、前述の諸内容を敵視するか、あるいは利用主義的にしか位置づけられないトロツキズム、反スタ「マルクス主義」批判とを前提とする思想内容であった。この様な方向性を堅持した8・25共闘会議とその運動、及びそれに先行する全国協議会は、我々旧解放委と旧レーニン研の四つの観点を、この一年数ヵ月にわたって厳しく検証した。我々は、8・25共闘会議に結集する他の同志・友人たちと、熾烈な諸闘争から昇天することなく何回かの曲節を経ながらも8・25共闘会議を立派に運営し、昨年10・21闘争には革命的左翼諸組織の中で最大の二千有余人(我々は、どこかの党派のように動員数を水増しにするなどと云うことはしない)を雨中で結集させ、新たな国際主義潮流としての統一の基調を貫徹させたのである。8・25共闘運動の一年数ヵ月は、全協の指導性の内実を、遺憾無く問うた。旧解放委と旧レーニン研は、独白の歴史的形成過程と独自の組織体制をもつ党派であるから、どのように相手を基本的姿勢において評価・承認していたにしても、
独白の組織活動を相互の関係において解消したりすることは、当然のことながらできない。従って、旧解放委と旧レーニン研の間には、党派闘争が存在し、それは、相互の諸側面における共通項が多ければ多いほど、現象面的にはともかく内面においては極めて厳しいものであった。何故なら、両組織の活動の場は、いろいろな意味で共通だからであり、それは、特に党派の路線の物質化にとって絶対的要素である新しい活動家を組織体制に結集させると云う、党派にとって非常にリアルな問題に関して多大な矛盾を持ち込まざるを得なかったからである(諸党派は、ほとんどこの事を媒介として一度は暴力的党派闘争をしているはずであり、なお続いている暴力的党派闘争の、それは変らぬ原因の一つとなっているのだ)。だが、我々は、ある種の戦線でこの矛盾を激化させたことはあったが、結局のところこの矛盾をも相互止揚してきた。注6
  注6 このことは現在の暴力的党派闘争が、党派闘争Iに関ずるマルクス主義の普遍的原則とは一切関係のない小ブル観念論の産物以外の何ものでもないことを端的に証明した。
 そして、それは両組織の、四つの観点の実現と、成長の泉≠スるべき党派闘争における原則性の回復の追求、と云う目的に対する真剣な打ち込みによってのみなし得たことなのである。我々は、四つの観点は未だに実現過程にあると把握しているし、それは、まだ端緒に着いたばかりであるとも把握している。だが、第四の観点は、我々に指導(部)の堅実な集中を一歩一歩確実になしとげる、と云う課題を与えていた。そして、すでに、旧解放委と旧レーニン研は、相互にその存在、その姿勢に実践的にも理論的にも、かつ思想的にも充分な点検を加えており、しかもその結果は満足のいくものであった。第四の観点に真面目であるなら、我々は、指導の堅実な集中のために合体するぺきことが問われていた。何か理由をつけて合体を引き延ばすことは、七三年の夏以降では、すでに不自然であり、かえってセクト主義の誤りに陥いることを意味していた。
 我々は、このような把握に基づいて夏以降、合体のための諸活動に精力的に前進した。そして、昨秋10・21闘争を組織しつつ、旧両組織の最後の整理を行い、×月x日正式に組織合体し、続いて、同一の思想的立場、同一の政治・組織路線、単一の中央―地方指導部よりなる、連合組織ではない新たな政治組織、マルクス主義青年同盟(準)を結成した。(準)は、従って、準備会と云う意味ではない。(準)は、我々の建党路線上、組織論上の必然的な帰結であり、それらの内容がいかなるものであるかを証明するものである。すなわち、(準)とは、前述した四つの観点が未だ実現過程であり、しかもその端緒に着いたばかりであり、指導(部)の堅実な集中の一歩一歩の獲得のその一歩を踏み出したにすぎない、と云うことの組織形態の一表現である、と云うことなのである。青年同盟としての組織活動を準備会として展開すると云う意味ではなく、さらに四つの観点の実現のために苫闘し、その過程で多くの真摯なるマルクス主義者、党派と指導(部)の堅実な集中を一歩一歩確実になしとげる、と云うことの決意表明であり、真摯なるマルクス主義者、党派を自負する多数の同志たちに対する、団結して共に、現状の混乱を克服しよう、と云う熱烈な呼びかけを、青年同盟として行なっている、と云う意味なのである。旧解放委と旧レーニン研がそうであったように青年同盟(準)も、また、分裂の歴史の不毛なる刻印との闘いを展開しなければならないのである。そして、青年同盟(準)は、この刻印との闘いの初歩的勝利の結果、結成されたのである。この意味で、旧解放委と旧レーニン研の組織合体、マルクス主義青年同盟(準)の結成は、何よりもまず、@分裂の歴史から団結の歴史への一歩前進の組織的表現、A階級闘争―歴史発展の象徴的な一つの帰結、B日本における真の単一の前衛党建設へむけての一定の灯となり得ること、と云う、(現在の日本階級闘争の客観的情勢の発展・深化と裏腹な主体的条件の否定的現状にあっては、)とりわけて強調されるべき意義があるのである。              
以上


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1973年05月01日

川口君虐殺糾弾・早大解放闘争支援の環をますます広げるための趣意書

川口君虐殺糾弾・早大解放闘争支援の環をますます広げるための趣意書

 昨年十一月八日、早稲田大学学生川口大三郎君が、革マル≠ニいう組織とその革マル派全学連≠フ手による陰惨なリンチのテロルを受けて、虐殺されたことは、すでに多くの方々が御承知のことゝ思います。それ以来、早大の圧倒的多数の学生は、このような惨殺の平然と許されてきたことへの、自分自らの責任を間いつめ、このような暴虐の由来する路線が何であり、それが無数の人々の頭上に貫徹することが許されるとはどういうことを意味するのかを問いつめながら、川口君虐殺糾弾・革マル追放・早大解放――大衆的で戦斗的な自治会の建設の闘いをくりひろげつゝ、このような虐殺の禍源を絶つ闘いを、不屈に推し進めています。その闘いの一端は別紙の闘争日誌にも見られる通りです。
 しかし、革マルを利用して学生管理をしてきた早大当局は、何ら真剣な反省をせずに学生の追求から逃げまわり、ついに早大総長が早大全学行動委員会を先頭にして大衆の前に引き出され、全学大衆団交を約束するに至った日は、川口君虐殺からちょうど半年目にあたります。――革マルは「濃密な党派闘争」と称して、早大大衆運動の組織だった推進の力となっている活動家への陰惨なテロルを一段と強めながら、恥知らずの政治的言いまわしと腐れ果てた性質のゲバルトを先立てゝ早大学生を再征服せんとあがき、国家権力、公安警察、この積年の早大圧制からの解放闘争を、目のかたきにして弾圧しています。  革マルといえども権力に対して鉄道上で反抗の姿勢を示せば三百余人逮捕されもしますが(すでに三日で大半は出してもらったようですが)、「過激派」なるものを「党派闘争」なるものでつぶしてくれる限り、権力は際立った理解を示すということは、彼らと闘う者の身にしみて知っていることです。
 このような事態の中で、早稲田大学の学生は、全国の闘う学生、それのみならず全国の闘う労働者、闘う市民との不抜の連帯を求めつゝ、不屈の、強じんな大衆闘争をもって大衆的自治会を推し進め、多くのクラスに大衆的行動委員会を、学部に団交実行委員会を生み出し、全学行動委員会(準備会)を組織し、腐れ果てた暴力的圧制に抗して、大衆自身の実力をもって鍛えあげる大衆組織を建設しつゝあります。今日の早大の闘う学生の多くは、すべての「党派」を十把ひとからげにして投げ捨てんとしているのだ、ということは決してできません。そうではなくて、一段また一段と真剣に闘いの根底を問題にしていかざるを得ないこの真実の大衆闘争において、根本的に大衆闘争の発展に敵対する宗派(セクト)と大衆闘争の発展の推進力となる真実の大衆自身のための党派との、あらゆるみせかけを引き裂いての判定が行なわれているのだといわなければならぬと思います。いま、こうして早大においてのあらゆる大衆組織と党派が、その真実性を試されつゝある真只中にあります。
 われわれは、あらゆる闘う大衆組織、闘う市民団体、とりわけ労働者の組織に、宗派革マルに対して厳重に警戒し、闘う早大学生と共に闘うことを呼びかけ、共に闘い抜きたいと思います。職場で、地域で、帝国主義のすさまじい破壊的作用に抗しての破ろうに破れない階級闘争の発展は、たち向ってくるあらゆる宗派的敵対を打ち破ってこそかちとられるのだと思います。それは、「内ゲバ反対」ということで、どうせくだらない奴ら相互のくだらない争いでと傍観する無関心や、敵に対抗しての統一の成り難いことをなげくことでは、それは決して消え去らないどころか、いつの間にかそれの上に君臨して無数の大衆が呻吟しなくてはならぬ破目にもなります。「内ゲバ」への真剣に問題とされた反対の中には、大切なものが含まれていることを、見落してはならぬと思います。それは、あのスターリンの下で典型的な「粛清」を決して許してはならぬ、ということゝしてつかみ出すことができると思います。しかし、その「粛清」に端的に示される宗派的暴力の腐敗は、ただ、大衆闘争とその発展を推進することで自分を試し続けなければならぬプロレタリア的党派とのしっかりと結びついた真実の階級闘争の発展によって、きっぱりと打ち破られるのでなければ決して根絶できないのだと考えます。
 宗派革マルは、川口君虐殺についてすでに自己批判しているのだと称し、さらにその上自分だけが自己批判できる党派だと称し、さらにその上に「十一・八問題の民青による政治的利用を許さず戦闘的自治会を防衛せよ」と称して、自分をも他人をも欺きたいと度し難さで、何ら疑いないかのようです。だがその「自己批判」なるものこそ、彼らの底知れぬ腐敗の道の現段階を端的に示すものだと思います。彼らは、目的に合致して組織的に行う自分達の「党派闘争」には「腐敗の入り込む余地などない」と称していたのであったが、「自分達に無縁である」べきはずの「社会の荒廃」が無縁でなかった「一部」の者のせいであるから、もっと「党派闘争の論理と倫理」を体得して、もっと「党派闘争にはげみ」、それをもって大衆闘争の飛躍をかちとれ、と。彼ら革マルの荒廃を「社会の荒廃」のせいにしているわけです。だが早稲田の積年の荒廃は革マルの「党派闘争の論理と倫理」によって救済さるべきものであるどころか、まさにその反対に、彼の「党派闘争」の路線そのものによって彼ら自身の生み出したものだ、ということについては爪のあかほどにも自己批判していません。「イデオロギー上の乗越え」ということでイデオロギー闘争の洗礼をほどこせば、それに続いた「組織上の乗越え」ということでゲバルトと陰謀を駆使しての組織の「実体」の解体(その個人は「組織性・思想性」の担い手とみなされる以上、当然、その個人的「実体」も破壊的狙い打ちにさらされる)が神聖化され、その後ではじめて「運動上の乗越え」(飛躍)がもたらされるとすることの純化の道は、早稲田において典型的に、累々たる生けるしかばねをつくりだしてきたわけであり、大衆の批判的活動に常におびえ、ましてそれが組織的に結実せんとするや特別の恐怖をもって襲いかゝることを続けてきたわけです。
 大体、このような宗派革マルの「全学連」――大衆組織の名前をも。ているか、彼らの大衆闘争に区別された「党派闘争」の公然たる手段とされている  そのものが、あの六〇年安保闘争の全学連を、当時まだ中核派と革マル派に分裂していなかったマル同が、宗派的ゲバルトで強盗的に乗っ取ったものであります。また早大文連もこの腐れ果てた  他の腐敗をも
っとも多く語るものゝ度し難い腐敗  宗派の陰謀とゲバルトでいまゝでの所一時的に手に入れているものです。そしてこの三月には、立川基地反対闘争で市民団体の総決起集会  われわれ全学連と反戦青年委員会とは共闘してきた  に、外から「鉄パイプ」をもって「共闘」なるものを強要してきながら、勝手な政治的言いまわしで自分を合理化せんとするまでに至っています。このような宗派運動を、あらゆる大衆運動、とりわけ労働者運動の頭上に決して許してはならないと思います。宗派革マルとその他のもろもろの小ブル的諸宗派の手前勝手な暴力的敵対は、単なる「内ゲバ」としてではなく「階級運動に対する宗派運動の敵対」(マルクス)として、はね返しつゝ前進してゆかなければならぬと思います。
 帝国主義のすさまじい破壊的作用に抗して発展せんとする階級関係は、その発展を反動的な宗派的敵対から自らの力で防衛しぬかなければならぬと思います。宗派革マルは、その「党派闘争」なるものを、大衆闘争とは区別された党派と党派の手前勝手な闘争にみせかけようとし、その廃虚の上に大衆と大衆運動の征服を夢みています。しかしこのような党派運動に対しては、強大な労働者党を構築しつゝ大衆闘争の発展をもって、すなわち無数の大衆の不抜の階級運動を組織することをもって打ち破らなければならぬと思います。
 いま、早大の不死鳥の如くよみがえった大衆運動は、権力、早大当局、宗派革マルの陰険な腐敗せる暴力的敵対を粉砕して大きく発展せんとしています。われわれ全学連は、この早大巨万の学友の大衆闘争の発展と運命を共にするべく闘ってきたし、いまゝた闘い抜かんとしています。第三次早大闘争の名のりをあげたこの闘いに連帯する「環」(わ)を、職場でも地域でもいよいよ広げ深められてゆくことを期して、川口君虐殺糾弾・早大解放闘争支援カンパの大衆的運動を組織することに、御協力をお願い致します。どのような形の御協力でも大いに有難いのですが、闘争資金カンパとして、月一回定期で一口五百円(できる限り二口以上)のカンパを訴えます。なお、随時のカンパでも結好です。

一 九 七 三 年 五 月


全日本学生自治会総連合中央執行委員会(北条委員長)

実物写真(クリックしてリンク先を見ると大きな写真を見ることができます。)


「川口君虐殺糾弾・早大解放闘争支援の環をますます広げるための趣意書」表 縮小版.jpg

「川口君虐殺糾弾・早大解放闘争支援の環をますます広げるための趣意書」 裏 縮小版.jpg





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1972年06月01日

騒音監視塔(岩山大鉄塔)の一〇万人共有化運動にご協力をおねがいいたします 三里塚芝山連合空港反対同盟

趣旨書

 騒音監視塔(岩山大鉄塔)の一〇万人共有化運動にご協力をおねがいいたします

三里塚芝山連合空港反対同盟   


 三里塚空港建設を力づくでこの七年来強行してきた政府・公団、千葉県知事友納武人は、かれらの明らさまな暴力の悪政を推し進めて参りました。昨年九月の農民の宅地田畑に対する強制代執行が我々に示すものは、民を殺して国政を強制する権力の赤裸々な姿に他なりません。地域の開発は空港政策にのみ従属し、地元住民の生活については騒音対策一つさえもいまだに皆無の状態で公団はただ「開港」を絶叫するだけです。
 航空行政の失敗と住民無視の暴力政治に対する国民の一大批判の前に立たされた政府・公団は、機動隊を使って住民との戦いを深刻にエスカレートさせる以外にその道を知りません。そして、その責任を逃れるために五十人に及ぶ反対同盟の青年たちを逮捕拘禁して国民の眼をあざむこうとくわだてています。
 我が反対同盟は九月代執行に対する戦いを、悪政に対する農民の正義を貫かんとしたものとして誇りと確信をもっています。人民の正義の三里塚にあることをおよばずながら全国に訴え得たことを心から嬉んでおります。
 本年三月、近隣各市町村の多く住民の方々の力添えと全国からの支援を得て完成いたしました岩山地区の騒音監視塔建設の意図も、我らにとっては国家悪政の全人民への告発と、地元住民無視・農民殺しの「空港」を断じて許さぬ覚悟から発したものに他なりません。
 SSTやジャンボジェット機の飛来や空港の二十四時間全面使用によって住民の受ける騒音被害や油害、更に航空機事故の問題も、ごく最近一連のインド、ベトナム、イギリスの例をとるまでもなく極めて深刻であります。そればかりでなく住民生活に対する考慮の皆無な関連事業や工業化、でたらめな宅地造成など一連の「空港政策」で受ける住民の被害は想像に絶するものがあります。
 「空の表玄関・国際空港」には賛成だがSST飛来・空港の二十四時間使用には反対、騒音公害は出すな、というようなあいまいで甘い考えで、果して強制収用を力づくで強行するような政府・公団の暴政に対してほんとうに我々の生活を維持発展させることができるのでしょうか。
 我が反対同盟は、権力の横暴を断じて許さず、住民無用の関連事業・環境破壊を心の底から怒り批判し、そして三里塚空港粉砕・三、二五〇メートルの滑走路の使用・「開港」をきっぱりと反対する農民の意志と労・農・学の団結の結晶である岩山大鉄塔の一大共有化運動に、周辺の住民の皆さま、近隣各県の農民、全国の同志諸兄の絶大なるご協力を賜わりますようここにお願いいたします。
                 
敬具
  
   一九七二年六月
ラベル:三里塚
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1971年06月22日

人民党−日共スターリニストによる同志町田宗秀虐殺を糾弾する!

1971年7月8日付 革マル派機関誌「共産主義者」25号6-9頁より転載。

人民党−日共スターリニストによる同志町田宗秀虐殺を糾弾する!
日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派

 全国の同志諸君! 闘う労働者、学生、市民諸君!
 六月一九日未明、沖縄の闘う同志、町田宗秀(琉球大学機械工学部四年)は、スターリニスト沖縄人民党の凄惨な集団リンチによって虐殺された。わが同盟は、深い悲しみと怒りをもって、この事態の真実とその本質を全人民の前に曝け出し、人民党=日共スターリン主義者粉砕の闘いの決意を再度新たにするとともに、彼らに対する断固たる階級的反撃をここに宣言する。
 全国の同志諸君! 闘う労働者、学生、市民諸君!
 沖縄のスターリニスト人民党=民青は、わが琉大革命的学生運動の暴力的破壊のために、ついに血迷ったテロルにふみ出した。六月一九日午前零時、彼ら人民党=民青は、党書記長秘書宮城某の直接の指揮の下に、地区民青約四〇を含む一〇〇名の完全武装部隊をもって、この日琉大男子寮内で平常の活動を行なっていた琉大自治会系約二〇名の学友に、狂気の急襲を試みたのである。
 同志町田は、この血に飢えたスターリニストの毒牙にかかって屍れた。彼は、北寮二階と推測される地点において拉致されその場で言語に絶する凄惨なリンチをうけ、さらに意識不明のまま地上に突き落されて、ついに三時二〇分、沖縄赤十字病院において死亡したのである。彼の遺体の状況は、スターリニストの狂気のほどを示してあまりある。その後頭部は二五センチにわたって頭蓋陥没し、右眼球は鉄パイプを突きたてられねじられて完全に潰され、肝臓は破裂し、右手は内側へへし折られ、骨盤は打ち砕かれ、左手首の動脈は切られ、さらに全身に鉄パイプによる無数の打撲傷が残されているのである。
 しかも彼らは、意識不明・瀕死の彼町田を明らかに地上へ投げ落している。さもなくば、「二五センチの裂傷は墜落によるものではなく木刀で専門家が一撃したものと思われる」という医者の話の通り、彼町田は瀕死のまま運ばれて投げ出されたのである。そればかりではない。この虐殺行為の後にも、彼らは、北寮四階沖問研サークル部室にたてこもった一三名の先進的学生に対して、「革マルを殺せ! 抵抗する奴らは殲滅せよ!」などと「民青の日常の会話からはとても想像しえない」(寮生の話)ような言葉を口々に絶叫しながら、狂暴な襲撃を加え続け、さらに頭蓋陥没(重体)、失明、肋骨骨折などを含む全員への凄惨なリンチを行なったのである。
 全国の同志諸君! 闘う労働者、学生、市民諸君!
 だがしかし―しかしである。われわれは満腔の怒りをこめていわなければならない。彼らは今、これらの冷厳なる事実の一切を完全に抹殺し、「革マルの武装襲撃を寮生が撃退した」などという虚像をデッチあげたり、「町田が転落した北寮では衝突はなかった」とか「町田は上半身裸のステテコ姿であり、居眠りして落ちたのではないか」(「赤旗」六月二〇日)などとうそぶいているほどなのである。
 そればかりではない。六月二〇日には「転落死」などと主張していた彼らは、その舌の根もかわかぬうちに、もはやそれが通用しえなくなった六月二二日の「赤旗」では「リンチ」を認め、しかも、「だれが町田にリンチを加えたか…むしろ革マル派にこそ疑惑の目が向けられるべきである」などと平然と言い放ちはじめたのである。そして内側にむけては「正当防衛権の行使であれば人が死ぬのも仕方ない」というわけである。
 これほど恥知らずなことがまたとあるだろうか! まさにこれこそ、スターリン主義者の醜悪な本質露呈といわずして何といえようか!
 全国の同志諸君! 闘う労働者、学生、市民諸君!
 これらの卑劣な行為に対して、沈黙をきめこむならばいざしらず、居直りと事実の偽造を平然と口にするこのスターリニストの醜悪な姿を、われわれは断じて許すわけにはゆかない。そもそも彼らが、このマルクス主義の原則=プロレタリアート解放の理念から完全に逸脱した暴挙に走ったのは、沖縄階級闘争における自己破産を暴力的にのりきるためにほかならない。
 六月一七日、沖縄三大学共闘の先進的学友は、「返還協定無効宣言集会」なる腐敗した復帰協の集会において、その演壇を一時的に占拠し、日章旗と星条旗を焼いた。まさにそれは、返還協定粉砕の固い決意を全労働者にさし示すものであったと同時に、「返還協定粉砕は復帰運動の原則に反し全面返還要求に敵対する」などとして、常に闘いを後退させ続けてきた既成左翼とりわけ人民党の破産を、最終的に宣告するものだったのである。じっさい、沖縄におけるスターリニスト人民党の破産はいまや歴然としている。労働戦線においては沖縄マルクス主義者同盟に指導された県労協青年部連絡協を中心とする全軍労・官公労・教職員会・マスコミ労等の圧倒的な白ヘル部隊が終始闘いを牽制しているのである。そしてこの闘いを媒介として、かの5・19ゼネストにおいてもスターリニストの忌み嫌う「協定粉砕」のスローガンが高々と掲げられたのであり、ここにも示されるように、復帰運動・祖国復帰統一戦線の歴史的解体の中で、スターリニストの孤立化が急速に進行しているのである。
 さらに学生戦線においては、沖縄五大学六自治会のうち五自治会は既に反スターリン主義運動に総結集しかの一五〜一七には全自治会が48〜72時間ストを実現しているのである。そして人民党=民青は、いまや一つの執行部さえ保持しえず「琉大第二自治会」さえ、今春その自己破産を宣言せざるを得ないところまで、追いつめられているのである。
 まさにこのような運動上・理論上の破産を暴力的対決でのりきることが、いまや彼らの至上命令なのである。じっさい彼らは、一七日夜の総括集会において、「革マルの跳梁を封ずるには今後暴力的対決も辞さない」などと「暴力的対決の有効性」なるものを確認し、現実に琉大では、党幹部宮城某の直接的指導のもとに狂暴な「トロ狩り」を開始したのだ。しかもこれは、「沖縄ではトロツキストとの対決が弱い」「トロツキストとの対決に逡巡するな」などという本土日共の恫喝と直接的指示のもとになされている。危機意識に満ちた『前衛』7月号がそれを端的に示しているのである。
 今回の同志町田虐殺は、まさにこのような背景をもっている。したがってそれは、かのブクロ派による海老原虐殺、ブクロ派組織の思想的・組織的・道徳的荒廃が無原則・無目的なリンチ殺人を必然化したこととは明らかに質的に異なる。まさにそれは、のりこえられつつあるエセ前衛党の危機感を根拠にした、きわめて組織的・計画的なものにほかならないのだ。
 全国の同志諸君! 闘う労働者、学生、市民諸君!
 同志町田の虐殺は、彼らスターリニストが、いまや前進するわが反スターリン主義運動への重大な挑戦と暴力的な敵対を開始したことを意味している。彼らの刃は、常に革命的共産主義者に向けられている。トロツキーの最期を想起せよ!
 だがわれわれには、怯儒も逡巡もありえない。最後に笑うものがもっともよく笑うものである。わが反スターリン主義革命的共産主義運動の雄々しい前進をさらに切り拓くために、一切の妨害を粉砕して闘おうではないか!
 全国の同志諸君! 闘う労働者、学生、市民諸君!
 決意も新たに、スターリニズムとの組織的闘争を強化し、彼らを全戦線から放逐するためにたたかおう
ではないか!
 同志町田の虐殺を糾弾し、スターリニストを全戦線で粉砕せよ! 人民党=日共に、断固たる階級的反
撃を!
  「反帝・反スターリ(原文ママ)主義」の旗の下、団結かたく前進しよう!
  一九七一年六月二二日





ラベル:内ゲバ
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1969年10月01日

革命的労働者協会(社会党社青同解放派) <暫定規約>


革命的労働者協会結成時の暫定規約を公表する。
この暫定規約は、1969年10月1日付『解放』第40号(改題1号)に結成宣言とともに掲載され、翌年にも1970年4月10日付『解放』号外(討論資料)に再掲されたもので、決して内部資料の類ではないことを付記しておく。

革命的労働者協会は、現在の日本では政治組織というよりも、年に一回程度のゲリラばかりがクローズアップされ、テロ組織として扱われている嫌いがある。解放派は日本の新左翼ではノンセクトラジカルやアナキスト諸派を除いては、日本共産党の流れを汲まない唯一の党派とされ、戦後日本社会運動史上重要な党派であることは言を俟たないにも拘らず、中核派や革マル派ほど一般に知られていないだけでなく、調べるのすら容易でないことは残念という外ない。

また中核派や革マル派に対する立花の『中核VS革マル』のような、革労協研究の優れた資料が殆どなく「革命的労働者協会」「社青同」「社会党」の関係すら詳らかではない。
このことは趣味者や元関係者がその住民の殆どであろう2ch共産板革労協スレにおいて幾度となくこの話題が上っては決着が着かずに終っていることからも明らかである。
※最近この三者の関係を説明する説得的なレスがついた。ぜひそちらも参照していただきたい。

以上の様な現状を踏まえ、今回の公表は決して解放派潮流の諸党派にとって不利益を与えるものではないと判断した。


革命的労働者協会(社会党社青同解放派) <暫定規約>


第一条  本協会は、労働者階級の保護・発展および完全な解放をめざして、労働者階級の自然発生的な運動を結び付け、統一し、それを共同のものにすることを目的として、日本社会党・社青同の内部から、日本における革命的労働者階級の一構成部分として、小市民的諸勢力との癒着を断ち切る分派闘争を通じて、労働者階級を独立した党へと組織するために創立されたものである。

第二条  本協会の名称は「革命的労働者協会」(日本社会党・社青同解放派)とする。

第三条  本協会は、毎年○月都道府県の代議員からなる定期大会を開催する。定期大会は、本協会の総務委員会を選出する必要な場合には、総務委員会は定期大会のほかに臨時大会を召集することができる。定期大会は、総務委員会の一年間の活動に関する公式の報告を受ける。大会は、労働者階級の共同の努力を明らかにし、本協会の活動の成功に必要な方針を討議し、決定する

第四条  総務委員会は、東京におく。総務委員会は、事務処理の必要に応じて、議長・書記などのような役員を互選する。総務委員会は、本協会の全国中央部であり、諸組織の全国的な結び目として、一地方または一部門の労働者が、他の地方、他の部門の同じ階級の状態や運動の情報にたえず通じ、本協会の一組織で提出した全般的に利害関係のある問題を、すべての諸組織の検討に移し、共同の実際的措置が必要とされる時は、各組織が一致して行動を起こすように活動すべきである。総務委員会は、必要だと思われる時はいつでも、本協会の諸組織にしめすべき提案を発議するものとする。総務委員会は、機関紙・誌、通信、通達を発行する。

第五条  本協会の成員は、三名以上をもって細胞を構成し、各細胞は、細胞の代議員からなる定期大会で選出される都道府県委員会および地方委員会によって代表される結合を持つ。ただし、北海道委員会および東京都委員会は、地方委員会として取扱うことができ、また、必要に応じて、総細胞・地区委員会の組織や機関を持つことができる。各委員会は、議長・書記などのような事務処理に必要な役員を互選する。本協会の各成員・各組織・各機関は、直接、東京の総務委員会と連絡することを妨げられないのは、自明のことである。

第六条  総務委員会は、労働者の産別委員会・学生委員会・農民委員会などを組織する。産別委員会は、労働組合が労働者階級の解放に向って進むあらゆる社会的、政治的運動を支持し、利己的なものどころか、ふみにじられた大衆の解放のために、階級として行動するように推進し、学生委員会・農民委員会などは、学生運動・農民運動などを革命的労働者階級に結びつくよう、すいしんしなければならない。

第七条  総務委員会は、労働者階級を独立した党へと構成するために、社会党委員会・社青同委員会を組織して、本協会の全成員の全国的な分派闘争を推進し、日本共産党やその他の小市民的諸党派との党派闘争の展開とともに、労働者階級が小市民的諸勢力の政治的尻尾になりさがっているような結び付きを断々固として拒絶してゆくよう推進しなければならない。

第八条  本協会のすべての成員・組織および機関は、資本の絶え間ない攻撃に抗して、相互の競争を団結にかえようとし、この団結において一人一人が発展せんとしている労働者の真剣な運動、すなわち、「行動委員会運動」を普及させ、それらを結び付け、発展せしめるために最大の努力を行なうべきである。

第九条  本協会への加入と成員の行動の責任については、都道府県委員会が責任を負うものとする。本協会の原則を承認し擁護し、加入を認められたものは、本協会の大会が決めた一定の加入金と会費を納めなければならない。本協会の成員は、誰でも、被選挙権がある。

第十条  対外政策のための闘争は、労働者階級解放のための一般的闘争の一部を構成する。本協会は、労働者階級の国際的協力のために邁進しなければならない。

第十一条 この暫定規約は、一年間の闘いの経験によって、その正しさを検証し、一九七〇年○月の定期大会で確定規約を制定するものとする。

追記
ご紹介さんから、暫定規約・結成宣言・テーゼがアップされているページをご教示戴いたのでリンクを張っておきます。ご紹介さんありがとうございました。

http://kf009.digi2.jp/taki/rwa.htm






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1968年10月05日

日本マルクス・レーニン主義者同盟規約


昭和43年10月10日付 機関紙『赤光』54より転載。

日本マルクス・レーニン主義者同盟規約
     
一九六八年十月五日



前    文
一、日本マルクス・レーニン主義者同盟は、プロレタリア世界革命の実現、日本プロレタリアート独裁権力を樹立するために闘い、その中で真の革命党建設をめざす政治同盟である。
一、この崇高な任務を果すため同盟は、マルクス・レーニン・毛沢東主義を指導理論とし指針とする。毛沢東主義は、中国革命を勝利させたのみならず、現代修正主義の反革命に対決しながら、人民戦争による革命不断革命論と革命発展段階論を弁証法的に統一し、思想方法・工作方法を確立発展させた現代最高のマルクス・レーニン主義である。
一、同盟は、パリ・コミューン、ロシア・ソビエト、中国解放区と継承されてきた国際階級闘争の教訓に学び、プロレタリアートの指導性を根拠とする自己権力を長期的に創造、対置し、二重権力的状況を通じてプロレタリアートの独裁を樹立する。
一、同盟はその目的実現のために、プロレタリアートを核心とする諸階級人民大衆を統一戦線に強固に結集しなければならない。そして当面する情勢のなかでは、とりわけ矛盾の最も集中している労働者に依拠し、これを核心にする統一戦線の構築が環である。
一、同盟の諸活動は、大衆路線を堅持して行なわれなければならない。同盟員は常に大衆と深く結びつき、人民大衆に奉仕し、人民大衆の先頭にたたなければならない。そして同時に大衆追随、自然発生性への拝跪は厳に戒めなければならない。
一、同盟はその組織において、中央集権制の上にたつ党内民主主義の確立という革命的原則を堅持する同盟の団結の根拠は、徹底したプロレタリア的献身性、階級への忠誠にあり、その表現としての綱領、規約、決議にある。
一、同盟はプロレタリア革命闘争を展開していく上で作風と規律をとりわけ重視する。そのためには思想方法と工作方法を確立することが重要な鍵である。
一、同盟は鉄の団結をめざし、分派、私党は許されない。

第一章 同 盟 員
第一条 同盟の綱領と規約を認め、その実現のために奮闘を誓う者は、第二条、第三条の手続によって同盟員となることができる。
第二条 加盟許可は細胞の推薦をうけ、一級上の機関の決定による。
第三条 中央委員会は第二条の手続きによらず同盟への加盟を認めることができる。
第四条 同盟員の資格は次の各項による。
 1、同盟の団結をたえず強化すること。
 2、同盟の路線、政策の実現に務め、任務を完遂する。
 3、不断に人民と結びつき人民に奉仕する。
 4、批判と自己批判による活動方法を身につける。
 5、規律を高め、規約を遵守し、同盟活動に献身する。
 6、同盟内部の問題を外部に洩らさず、問題がおきた場合は同志的討論で解決する。
第五条 同盟員の権利は次の各項による。
 1、中央委員会をはじめ各級指導機関に意見を述べ質問する。
 2、同盟内の選挙、被選挙権と投票権。
 3、同盟内批判と同盟内討論。(但し決定遵守)
 4、自己の処分が決定される会議への出席と発言。
第六条 同盟の許可なく同盟費の滞納三ヵ月に及ぶ者、同じく活動停止三ヵ月及ぶもの、並びに第四条の各項に反したる者については除名を最高とし、同盟内公開自己批判書の提出を最低とする処分を受ける。
第七条
 1、処分は中央委員会代表と地区委員会代表の出席する所属細胞会議で決定する。処分は除名、除籍、権利停止(義務遂行)、同盟内公開自己批判書の提出の順位でなされ、除名は敵階級あるいは他党のスパイ又は内通分子、階級への裏切り分子に対してなされ中央委員会のみがこの決定権をもち、報復措置が併用されることがある。
 2、除籍された者は、中央委員会の決定によらなければ再加盟することができない。
 3、除名された者は再加盟することが許されない。

   第二章 組   織
第八条 同盟の基礎組織は細胞である。細胞は経営、学校、居住におく。
第九条 同盟組織は下級から順に細胞、地区委員会、都道府県委員会、中央委員会大会である。中央委員会における決定があるまで都道府県委員会は発足しない。
第十条 同盟の最高決定機関は大会である。大会は一年に一度定期大会を開く、但し中央委員会又は、全同盟員の過半数の要求がある場合は臨時大会を開く。
第十一条 大会は次の各項を行う。
 1、同盟の政策、方針等全路線を決定する。
 2、綱領と規約を採択、改廃する。
 3、中央委員、中央委員候補、同盟議長、同盟書記長、政治局員を任命する。
 4、中央委員会以外の人事を確認する。
 5、大会から大会までの中央委員の全活動の報告をうける。
第十二条 大会と大会の間の最高指導機関は中央委員会であり、六月に一度定期的に開かれる。但し政治局又は中央委員の過半数の要求のある場合はいつでも開催する。
第十三条 中央委員会は次の各項を行なう。
 1、大会の決定に則り、同盟の全路線を実現するための指導と諸決定を行なう。
 2、常任指導部として政治局を設け、政治局員を大会に推薦する。
 3、統制委員会の任務を兼任する。
 4、機関紙誌の編集発行を行ない、その責任者を決定する。
 5、同盟の財政を管理運営しその責任者を決定する。
 6、その長の要請に従い4項5項並に国際部の専従者を任命する。
第十四条 同盟の各級機関にはそれぞれの長をおき、選出は各級機関で行ない一級上の機関が任命する。

    第三章 財    政
第十五条 同盟の資金は、同盟費、事業収入寄付によってまかなう。
  同盟費は月二千円とする。
  加盟費は千円とする。

付 則

1、改正は大会のみが行なう
2、各条に直接触れていない問題は中央委員会による。
3、この規約は一九六八年十月五日より発効する。





ラベル:ML派 ML同盟 規約
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